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桐村 光太郎/早稲田大学理工学術院教授  略歴はこちらから

酵素は暮らしを豊かにしている

桐村 光太郎/早稲田大学理工学術院教授
2018.4.9

 小中学校では、食物の消化のために酵素が必要なことを習う。プロテアーゼ(タンパク質を分解する酵素)は胃液や膵液、腸液に、アミラーゼ(デンプンを分解する酵素)は唾液や膵液に、リパーゼ(脂肪を分解する酵素)は胃液や膵液に含まれている。各種の酵素によって食物は分解され、栄養として吸収され、エネルギーを生み出すために、あるいは身体をつくる部品として利用される。ヒトの消化液には含まれていないが、植物や土壌の微生物ではセルラーゼ(植物組織のセルロースを分解する酵素)も重要で、これは自然界で木や草が土に還るために必要な酵素である。

 時々、パンや酒をつくる酵母と間違われるが、酵素は生物のつくる触媒で、本体はタンパク質。したがって、生物ではなく物質である。我々は身体の中で酵素を使っているが、身近な生活(暮らし)の中でも酵素を利用している。アミラーゼの作用でデンプンから水飴をつくれることは小学校で習う。しかし、水飴にさらに数種の酵素を作用させて「果糖ブドウ糖液糖」をつくり、清涼飲料や菓子に使用していることはあまり知られていない。パンやケーキの製造過程でもアミラーゼやヘミセルラーゼなどの酵素が使用されている。最近では「お肉を柔らかくする」調理液(あるいは粉末)が市販されているが、成分として含まれているプロテアーゼが肉を部分的に分解することで柔らかくし、うま味を増すことまでは宣伝されていない。ジーンズや木綿のシャツの製造過程では、セルラーゼを利用して柔軟化処理が行われている。

 衣類用洗剤にも酵素が使用されており、成分表示の最後のあたりに酵素とある。何故、酵素が必要なのか?

 衣類用洗剤で酵素がはたらく仕組みは以下の通り(添付の図も参照)。衣類用洗剤の酵素が、実は1種類ではないことも紹介したい。洗剤が汚れを取り除くために必要なのは界面活性剤で、衣類に付着した汚れを取り囲み、水に流し出すことで(汚れを)取り除く。一方、洗剤に添加された酵素は汚れを取り除くはたらきを援助する。たとえば、衣服に付着した汚れが皮膚(俗にいう垢)や血液であれば、これらの主成分はタンパク質。したがって、洗剤にプロテアーゼが添加されていればこれらのタンパク質の汚れに作用し、部分的に切断する。切断された隙間に界面活性剤が入り込めば、タンパク質の汚れは界面活性剤の作用で浮かび上がるようにして取り除かれる。界面活性剤との相乗作用があるので汚れを取り除く効果は大きい。さらに、油脂汚れを取り除くためにはリパーゼが有効で、某ライオンの洗剤「トップ」にはプロテアーゼとともにリパーゼも添加されている。一方、汚れが木綿繊維(セルロース)のほつれた中に入り込んでいる場合は、ほつれた部分だけを軽く切断してやれば、繊維に入り込んだ汚れも水に流し出され、取り除くことができる。そこで、某花王の洗剤「アタック」には(プロテアーゼの他に)セルラーゼが添加されている。木綿のほつれた部分だけを切断し、しっかりした(結晶性の強い)部分には作用しないセルラーゼが選ばれ使用されているので、衣類が溶けていく心配はない。シャツの色のくすみ防止や毛玉の除去にも効果がある(注:いずれもほつれた繊維が原因)。その他、食器洗い乾燥機用の洗剤にはアミラーゼも添加されている。

図 洗剤用酵素

 生物の世界の変化には必ず酵素が関わっている。生物は種々の酵素のはたらきによって必要な部品(低分子の化合物)を用意し、これらを素材としてさらに必要なもの(生体分子)を作り出していく。酵素によって修飾し、連結することで大きなもの(生体高分子:タンパク質や多糖、DNA, RNAなど)を組み立てることもできる。一方、役割を終えた生体分子は、酵素によって無害なかたちに分解される。分解されたもの(低分子の化合物)は部品として再利用され、新たな生体分子に生まれ変わる。自然界、生物の世界では生体分子は輪廻転生を続けている。酵素はこの再生サイクルを円滑に進める役割を務めている。

 衣類用洗剤の酵素に見られるように、我々は酵素の力を生活に活用している。自然の力の一部を取り出し、生活を豊かにすることに利用している人間の知恵も素晴らしい。種々の産業で今後ますます酵素の利用範囲は拡大するはずで、暮らしの中で酵素の恩恵にあずかる機会もさらに増えていくにちがいない。

桐村 光太郎(きりむら・こうたろう)/早稲田大学理工学術院教授

【略歴】
学歴
1983年3月 早稲田大学理工学部応用化学科 卒業
1985年3月 早稲田大学大学院理工学研究科応用化学専攻 博士前期課程修了
1988年3月 早稲田大学大学院理工学研究科応用化学専攻 博士後期課程修了、工学博士(早稲田大学)
職歴
1987年4月 早稲田大学理工学部 助手(注:大学院博士後期課程と1年重複)
1989年4月 同上 専任講師
1992年4月 同上 助教授
2000年4月 同上 教授
2007年4月 早稲田大学理工学術院先進理工学部 教授(注:組織名称変更)、現在に至る

【著書など】
「化学・意表を突かれる身近な疑問」(共著)、日本化学会編、講談社ブルーバックス(2001)
「化学ってそういうこと」(共著)、日本化学会編、化学同人(2003)
「決定版 感動する化学」(共著)、日本化学会編、東京書籍(2010)
「食と微生物の事典」(共著)、北本勝ひこ(他)編、朝倉書店(2017)