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加藤 尚志/早稲田大学教育・総合科学学術院教授  略歴はこちらから

基礎科学と応用科学のつなぎ方
~発見と発明の二刀流を目指して

加藤 尚志/早稲田大学教育・総合科学学術院教授
2018.4.23

実験血液学~現代生命科学の最前線

 ヒトの体は60~70兆個の細胞でできている、と聞いた人は多いと思います。しかし最新の報告では30兆個に修正されました。さらにそれ以上の数の腸内細菌などが共生している、というから驚きです。さて、30兆個の細胞の90%近くは血球です。そのうちの80%もの最大数を誇る赤血球は、血管の中を移動して酸素を運びます。体の隅々へ膨大な量の酸素が絶え間なく供給されて、私達は生きています。血管が破れれば、血小板が主役となって失血を防ぎます。体外から細菌やウイルスなどの攻撃があれば、リンパ球、白血球が対抗します。赤血球、血小板、白血球の全てには寿命があって、ヒトでは各々120日、数日、数時間~数日間です。ところがヒトは100年以上生きるので、新旧の血球が絶えず入れ替わります(動的平衡)。血球の種類によって姿や役割が違いますが、全ての血球は「造血幹細胞」から派生する血球前駆細胞が増殖、分化し、成熟血球が誕生します。専門用語を使うと、造血幹細胞は多分化能と自己複製能の両方をもつ、と定義されます。難しい言葉のようですが、最近はメディアを通じて一度は耳にしたことがあるのではないでしょうか。山中伸弥博士らが幹細胞の性質をもつ「iPS細胞」を確立してノーベル賞を受賞したことや、再生医療に注目が集まったおかげです。幹細胞から血球が誕生し、そして壊される。このダイナミックな「造血」の調節の仕組みを解き明かそう、というのが私達の研究です。1930年代に熊本の小宮悦造博士は、造血のプロセスでは造血因子(サイトカイン)と呼ばれるホルモン様のタンパク質が血球系細胞に直接作用する、という説を示し、当時は未知であった各種の造血因子が命名されました。その後、半世紀を経た1980年代になってバイオテクノロジーが勃興し、体内に僅かにしか存在しない造血因子やその遺伝子が特定されました。次いでヒトの造血因子をハムスターや大腸菌の細胞で工業生産する技術が確立され、今では赤血球産生因子エリスロポエチン(EPO)や好中球産生刺激因子(G-CSF)が臨床医薬として世界中で処方されています。血液学には、遺伝子組換え医薬の先駆けの一つとなった造血因子の研究のほか、他領域へも波及する多くの先進的な実績があります。例えば、細胞移植、幹細胞科学、細胞内シグナル伝達系や非翻訳RNA(タンパク質をつくらないRNA)の研究などが挙げられましょう。しかも日本人研究者による学術貢献が際立っていることが特徴です。

ヒトの血球を造る主な造血因子(分子を二方向からみた形を示す)

 以上は、私が教育学部や先進理工学研究科の授業で提供するサイエンスの話です。では、私は医者でもないのに、なぜ造血研究~実験血液学~に足を踏み入れてしまったのか?

イモリの研究転じて、ヒトのためのバイオテクノロジー最前線へ

 東京オリンピックが開催された1964年、全国の私立大学に先駆けて、早稲田大学は生物学の教育・研究の場を教育学部に創立しました。今では早稲田大学の各キャンパスに生物学・生命科学の学び舎がありますが、半世紀前には生物学の専門性を直接活かせる進路・就職先は希少で、「カネ」になることとは縁遠い世界でした。私はその13期生です。大学院に進学してイモリの性成熟の研究をしていた1980年頃、「バイオテクノロジー」が勃興したのですが、大学でバイオテクノロジーを扱う気配はまだ希薄でした。企業だったら状況は違うだろうと考え、思い切って就職したのですが、そこでも何をやったら何が実現するのか、雲を掴むような状況で、その当時を振り返るといろいろなエピソードがあります。しかし遺伝子操作を可能にしたバイオテクノロジーは生物学の様相を激変させ、パラダイムシフトを起こました。20年間の企業研究では、最終的にEPOの遺伝子組換え医薬の創出や、血小板産生因子トロンボポエチン(TPO)の発見が実現しました。誰かの追随ではなく、未知の対象にどうアクセスして発見研究を進めるべきか、そうした困難を極めた場面で大きな支えとなったのは、イモリの研究で養った試行錯誤や探求の経験でした。この時の恩師には今でも感謝しています。今、大学の教育・研究の場に移り、あらためて基礎科学の修練の重要性を実感しています。基礎科学の一つのゴールは、万人が認める「発見」であり、応用科学のそれは万人が恩恵を受ける「発明」です。前者は、時代、歴史を超えるものであり、後者は、永続性よりも時代にマッチした適時性が求められます。私が企業研究で経験したことは、発見が発明をもたらす図式であり、両者が両立します。ところが研究者一人一人が同時に両方を器用にこなす二刀流はかなり難しいのです。そうであっても基礎の成果を応用へつなぐ「目利き」の存在があれば、こうした困難を克服できます。基礎と応用を比較すると、応用の方に資金は集まります。社会では応用研究の価値が高く見えるからです。しかし研究展開速度が増している今、真に世界の中で一歩も十歩も先にいくには基礎研究をしっかり携え、基礎と応用が同時に両輪となるスキームが必要になる時代が到来したのは間違いありません。

そして再び、カエルやメダカの世界へ

世界で初めて分離したカエルの未分化細胞。「幹細胞」の検証がこれから始まる(修士学生・野村一騎撮影)

 2002年に早稲田大学に戻り、今度は自分が学生達の将来に関わる立場になりました。企業時代に引き続きヒトやマウスを対象とする研究を選べば、研究費獲得にも今ほど苦労はしなくて済んだかもしれません。しかし敢えて手がつけられていない両生類や魚類の造血研究を手掛けることにしました。大学人はそういうセンスで挑戦すべきだと考えたのです。地球上には7万種を超える脊椎動物がいて、いずれも血球をもちます。特に赤血球はほぼ全ての脊椎動物に共通します。そこで私達は「造血」をモノサシにして、動物間で普遍的なあるいは種に固有の仕組みを見出し(発見)、基礎生物学へ貢献しながらも、ヒトの医療に役立つ手段を提案(発明)することを目指しています。日本血液学会で臨床医の方々にその取り組みを説明した講演があるので、ご参照頂ければ幸いです。この種の取組みは何も私達の独創ではなく、既に100年前にノーベル賞受賞者のKrogh博士が唱えた比較生物学という概念でもあります。そうはいっても、ヒト、マウス、酵母、大腸菌などの一般化された研究対象から外れると実験手段が限られ、情報を共有する研究者も限られ、大変な困難を覚悟する必要がありました。しかし今や急速な技術革新の恩恵を受けて、あらゆる動物が研究対象になりつつあります。このような研究展開は私達だけの力では大変難しいのですが、我が国には日本医療研究開発機構(AMED)によるナショナル・バイオリソース・プロジェクト(NBRP)という世界に誇る国家プロジェクトがあり、特に私達はネッタイツメガエルメダカを専門とするチームの強力な支援を得て研究を進めています。

最先端であるためのワセダ生物学・生命科学とは?

様々な装置を自由自在に操作するスキルが求められる

 大学に身を移して間もない2003年に、大学院の技術経営(Management of Technology; MOT)のバイオ系カリキュラムの開発責任者を務めました。それはそれで科学技術をビジネスの世界とリンクさせた重要な人材育成プログラムでした。一方、実験科学の現場で働くプロフェッショナル人材の育成には、ビジネスとの連携とは違う視点が必要です。最大の課題は、最先端技術の発展が急速であり、学生教育をリアルタイムに同調させることが難しいことです。実際、私は大学在学中に、今や一般化されて高校生も手がける遺伝子工学手法を教わることはありませんでした。今でしたら、生物学の基礎、応用を問わず、情報科学(bioinformatics)、システム生物学(systems biology)、網羅的分子同定解析(omics)などの数理科学的手法の取り込みが課題です。さらに私はここに「生体イメージング」と「シミュレーション」を加えたいと思います。先人が積み上げた膨大な「古い」学識の修得、これは私の結論からするとやはり生物学を学ぶ者にとって不可欠です。その上で、学生が将来の研究現場で必要とする先端要素を大学カリキュラムにどのように導入できるのか、本学がそれに成功したらどのようなことになるのか、楽しみではありませんか。

企業の創薬現場で働く卒業生のトークに、耳を傾ける現役学生達(軽井沢セミナーハウス)

加藤 尚志(かとう・たかし)/早稲田大学教育・総合科学学術院教授

【略歴】
1980年早稲田大学教育学部理学科生物学専修卒業(菊山榮教授に師事)/1982年同大学理工学研究科物理学及応用物理学専攻修了(理学修士)/1982年キリンビール(株)入社、医薬開発研究所、医薬探索研究所にて、遺伝子組換えEPOを開発、次いでTPOを発見して開発研究に従事、その後は、がん・血液分野創薬を統括する主幹研究員(研究推進部長兼務)/この間、東京大学医学部第三内科研究生(浦部晶夫博士に師事)、カリフォルニア大学サンタバーバラ校環境ストレス研究所・神経科学研究所研究員(宮家隆次博士に師事)/1997年早稲田大学理工学研究科 博士(理学)/2002年から現職。