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佐藤 哲也/早稲田大学理工学術院教授  略歴はこちらから

夢の超音速、極超音速航空機を目指して

佐藤 哲也/早稲田大学理工学術院教授
2018.7.2

超音速機を巡る背景

 2017年に国際航空運送協会(IATA)が発表した航空市場の需要予測によると、今後20年間で世界の航空旅客数は現在の約2倍になるという。それに伴い、21世紀の運輸・経済を支えるべく航空機が高速化することは必然の流れであろう。一方で、2003年にコンコルドが運行終了し、民間超音速航空機が姿を消してから15年が過ぎようとしている。その間、世界各国で超音速機の検討が進められてきたが、経済性と環境適合性の課題が立ちはだかっていた。近年、超音速旅客機の開発に取り組む米国Boom Technology社と日本航空の業務提携やNASAによる低ソニックブーム実証機の開発計画の発表などホットなニュースが流れ、超音速旅客機実現への気運が高まっている。ここでは、超音速機開発における課題と我が国の取り組み、そしてさらなる高速化に向けた展望について述べたい。

超音速機実現への課題

 現在の大型民間航空機(亜音速機)はマッハ0.85(時速900 km)程度の速度で飛行しているが、これを超音速(マッハ1以上)まで引き上げると、多くの技術的な課題が生じ、ひいては経済的問題に繋がる。まず、衝撃波による造波抵抗が発生し、それに打ち勝つために大きな推力、エネルギーが必要となる。次に、超音速飛行に適した機体形状では低速飛行時に揚力が不足し、離着陸時に必要な滑走路の距離が長くなる。エンジンについても、超音速機は排気速度が速くなり、亜音速機に用いられている高効率の高バイパスターボファンを用いることができないため、燃費が悪化する上、離着陸時の騒音が大きくなる。さらに、空力加熱によって機体先端や主翼前縁部の温度が上がることで熱的な負荷が大きくなり(例えばマッハ2飛行時で100℃以上)、機体の整備費用の増加に繋がる。その結果、コンコルドのチケットは100万円を大きく超え、一部の富裕層を除いてはなかなか利用できなかった。

 環境面でも超音速機には大きな問題がある。機体から生じる衝撃波により、ソニックブームと呼ばれる大音響を伴う強い圧力波が発生する。これが地上まで届き、時には窓ガラスを割るほどの威力があったため、現在、超音速飛行は洋上のみでしか許されていない。また、高速で飛ぶことによる機体への空力的な負荷を緩和するために超音速機は空気の薄い高高度を飛行するため、成層圏のオゾン層破壊という問題も看過できない。

わが国の超音速機開発へ取り組み

図1.小型超音速旅客機概念図(JAXA提供)

 我が国では1990年代から、JAXAを中心として次世代静粛超音速機の開発研究が進められている(図1)。スーパーコンピュータを用いた世界最先端の設計、解析技術や軽量高強度複合材技術を導入することで、コンコルドと比較して高性能、低コストで、環境に優しい超音速機の開発を目指し、国際競争力の高い基盤技術を構築している。2005年には、オーストラリアのウーメラ実験場で小型超音速実験機(NEXST-1)の飛行実験に成功し、コンコルドに比べ13%の空気抵抗が低減できることを実証した。また、2015年にスウェーデンのエスレンジ実験場で、大気球を用いて、独自の低ソニックブーム設計技術を適用した低ブーム機体の飛行実験(D-SEND#2)を実施した。そこで、世界で初めて、機体先端だけでなく後端から発生するソニックブームの低減実証に成功している。現在は、抵抗低減、ソニックブーム低減、着陸時の騒音低減、軽量化という4つの鍵となる超音速機の技術課題を同時に解決する統合設計技術の開発に取り組んでおり、洋上だけでなく、陸上でも飛行可能な静かな超音速航空機が実現味を帯びてきている。

さらなる高速化を目指した極超音速機、ワセダの役割

 JAXAではさらなる航空機の高速化を目指して、マッハ5で飛行し、東京−ロサンゼルス間を2時間で結ぶ極超音速機の研究を進めている(図2)。極超音速飛行時には、空力加熱によりエンジンには1000℃以上の空気が入ってくるため、通常のジェットエンジンでは耐えることができない。これを解決するための革新的推進システムが、液体水素を燃料とする予冷ターボジェットエンジンである。予冷ターボジェットは、液体水素の高い発熱量と低温熱源としての冷却能力をフルに活かしたシステムである。予冷とは、高温の空気がコアエンジンに入る前に液体水素を冷媒とする熱交換器(予冷器)で冷却することで、極超音速飛行時の空力加熱からエンジンを防護する方法である。さらに、予冷サイクルは推力や熱効率の向上に寄与し、エンジンの小型化、低燃費化が可能となる。また、排ガスにCO2を含まないクリーンなエンジンであることも強みである。予冷ターボジェットは、極超音速機のみならずロケットに代わる宇宙往還機用の推進機としての用途も期待されている。2003年より小型予冷ターボジェットエンジンの開発が始まり、地上システム燃焼実験を経て、現在はJAXAのラムジェット燃焼実験設備(RJTF)を用いたマッハ数4の高速飛行環境実験を行っている(図3)。近年、JAXAと大学連携で、観測ロケットを用いた極超音速統合制御実験機(HIMICO: High Mach Integrated Control Experiment Vehicle)の飛行実験を提案し、実現に向けた研究を進めている。HIMICOは、全長1.5 mの機体にラムジェットエンジンを搭載し、 極超音速機とエンジンの相互干渉効果を含めた統合制御を実証することを目的としている。現在、実験模型が完成したところで(図4)、今年中にはRJTF設備を用いた燃焼実験を行う計画である。

 私がJAXAより早稲田大学に赴任して10年が過ぎたが、今なお幸運にも超音速/極超音速機の研究に携わることができている。超音速機/極超音速機の開発は、オールジャパンで取り組むべき大型システムの開発である。その中には新規性に富んだ、学術的、基盤的な技術課題も多いため、柔軟な発想力を持ったワセダの学生の若いパワーを発揮する場になるだろうと思っている。コンコルドに乗れなかった私としては、新しい超音速機が実現する未来を夢見て、また少しでもそれに貢献できたらと考えている。

図2.極超音速旅客機概念図(JAXA提供)

図3 予冷ターボジェットエンジンの燃焼実験(JAXA提供)

図4 極超音速統合制御実験機(HIMICO)模型

佐藤 哲也(さとう・てつや)/早稲田大学理工学術院教授

【略歴】
1987年 東京大学工学部航空学科卒業/1992年 同大学大学院工学系研究科航空学専攻博士課程修了(工学博士)/1992年 文部省宇宙科学研究所/2003年 独立行政法人宇宙航空研究開発機構において、エア・ターボラムジェット(ATREX)、予冷ターボジェットの研究開発に従事/この間、東京大学大学院助手、助教授、総合研究大学院助教授、英国ブリストル大学客員研究員を併任/2007年より現職。専門分野は、航空宇宙輸送工学、推進工学、熱力学。