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岩村 健二郎(いわむら・けんじろう)/早稲田大学法学学術院准教授  略歴はこちらから

風営法と「ダンス」
なぜ、踊らせてはいけないのか?

岩村 健二郎/早稲田大学法学学術院准教授

「ダンスをさせる営業」におけるマイナーなダンスの苦境

 筆者の専門はキューバの歴史学であり、その専門に足を踏み入れたきっかけは学生時代にサルサを演奏し始めたことによる。サルサはキューバやプエルト・リコなどカリブ海からの移民が米国で流行させた、ペアで踊るダンス音楽だ。

 ところで日本では「風営法」という法律により「ダンスをさせる営業」が許可営業になっており、筆者は演奏する側からその規制の現場に立ち会ってきた。また、風営法の「ダンスをさせる営業」にはダンス教室の営業も含まれ、資格認定団体が発行する教授資格を持っていない人間が、風営法の許可を得ずにダンス教室を営業すると摘発対象になる。

 資格認定団体は国家公安委員会によって指定されるが、現状ではそれは「社交ダンス」の二団体のみである。具体的には、客、つまり料金を払って入場した人間が踊ったり、教授資格のない人間がダンスを有料で教えると、その場所が風営法の営業許可を得ていない場合は「無許可営業」として摘発対象になる。面積や内装、営業時間、営業場所について細かく要件が定められている風営法の営業許可もそうだが、資格認定団体設立は法人格や全国的組織など設置要件が大変に厳しい。愛好者が少ない新参のダンス種が、規制を受けずに自由に教授する/されるための「風営法除外」=資格認定団設立を望んだ場合、風営法の営業許可を取りながら有料教授をして愛好者・指導者を増やしていくか、無料で教授をして増やすしか方法がない。そして、たとえ資格認定団体を設立できたとしても、教授ではなくダンスすることそれ自体を目的として人を集めて対価を得る営業の場合は、やはり風営法の営業許可が必要なのである。日本において新たなダンスが愛好者を増やす可能性は、法に従うなら/法によって、大きく阻まれていると言える。サルサのダンスも、こうした状況のもとにある。

風営法の「風俗」とは

 風営法の正式名称は、「風俗営業等の規制及び業務の適正化等に関する法律」という。このオピニオンは英語に翻訳されるが、風営法の「風俗営業」さらには「風俗」の訳語には難儀するのではなかろうか。日常生活における慣わし、風習といった意味のmannersやcustomsでは営業内容にそぐわないので、営業を前提にした娯楽としてのentertainmentやamusementが適切かもしれない。しかし、だからといって風営法の「風俗」に前者の意味が付与されていないわけではない。歴史的には明治初めの「風俗警察」が対象化したのは営業行為に限らず社会一般の風俗であったし、戦後制定された「風俗営業取締法」の立法趣旨は、終戦の混乱、経済生活の急変等により頽廃的になっていた「一般的な風潮・習俗」を正し、「善良の風俗を保持する」ことと説明されている(蔭山信『注解風営法』より。以下風営法の経緯、立法趣旨の説明はこれに依る)。「業務の適正化」を謳った現行風営法においても、「善良の風俗を保持する」という趣旨は一貫している。つまり、営業を前提としない領域を含めた「風俗」を設定し、それを「善良の」ものに「保持」する役割を法に委ねているのである。「営業の適正化」を言いながら、「営業」の外部も射程に入れているかのような趣旨に法の素人は判然としないが、その外部として設定されているものを、「適正な風俗営業」ではないもの、「頽廃的」な「悪い風俗」であると解釈するとにわかに納得がいくかもしれない。ならば、「悪い風俗」は何ゆえに「悪い」とされているのか。

 それは「国民一般の健全な生活を阻害し、やがて売春事犯、賭博事犯等悪質な風俗事犯の温床ともなる」からとされている。「温床」が対象であって、売春や賭博が対象ではないのである。これは行政法と刑法の違いだけに帰すべきものだろうか。また、風営法が対象とする営業それ自体は、「飲酒」「射幸」「性」といった「人間の本能的欲望に立脚した歓楽性・享楽性にわたる営業」であり、それらが「不適正に、また、不健全に営まれる」と、「人間の理性を麻痺させ、その歓楽性・享楽性に歯止めがきかなくなる」としている。人間の「本能的欲望」を前提化して獣性に至る領域を設定しており、本来はその反社会性の行きつく先を「犯罪」とすることによって抑止力が期待されるわけだが、風営法は手前の部分を「健全さ」のために指導、コントロールするというのである。

「男女の享楽的雰囲気」

 「ダンスをさせる営業」を規制対象にしている理由説明も同様の趣旨でなされている。「男女がペアとなって踊るダンス」の営業は、「その営業の行われ方によっては、男女間の享楽的雰囲気が過度にわたり、風営法の目的を阻害する」としているが、「過度にわたる享楽的雰囲気」がなぜ「風営法を阻害」するのかはより具体的だ。これら営業において「ダンスホールがキャバレーに近似した形態で営業され、かつ売春事犯が多数発生していた」という「歴史的経緯」があったからだというのだ。つまりは「過度」の先に「売春事犯」を想定しており、その手前の「雰囲気」を規制しているのだということになる。問題はこの過去形で示されている「歴史的経緯」を、現代においてどう捉えるかだ。現代でもそれは、「雰囲気」の規制の根拠足り得るのだろうか。

「風俗」→例えば「娯楽」

 以上のように立法趣旨について考察するのは、これがともすると社会構成員の理性の働きを法の作用に置き換え、自律的な「健全さ」への行動を“指導”によってスポイルして(されて)しまっていないかという危惧があるからだ。現行風営法は「風俗営業」について、「社会的に効用のある慰安施設・娯楽施設であり、その潜在的に有する社会的危険性を除去し、健全なものとすることによって、ひろく国民の福祉の向上に資することとすべきもの」と謳っている。国民が、官民が、新たにこの「娯楽」の社会的、制度的領域を自律的に模索し自らの「福祉の向上」に資す契機を、どこかに見いだすのは不可能なことだろうか。

岩村 健二郎(いわむら・けんじろう)/早稲田大学法学学術院准教授

【略歴】
早稲田大学第一文学部卒業、東京外国語大学大学院地域研究研究科ラテンアメリカ専攻修了、東京外国語大学大学院博士後期課程地域文化研究科単位取得退学。専門はキューバの歴史学。
著書(共著)『キューバを知るための52章』(明石書店)、『世界地理講座 第14巻 ラテンアメリカ』(朝倉書店)など。