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三浦 慎悟(みうら・しんご)早稲田大学人間科学学術院教授 略歴はこちらから

ワイルドライフ・マネジメントのすすめ
自然から撤退する社会の中の獣害問題

三浦 慎悟/早稲田大学人間科学学術院教授

 はなから私事で恐縮だが、先日、勤務地に近い入間市に引っ越した。10月のこと、「イノシシが出没したので登下校に気を付けてください」という市の広報放送に耳を疑った。本当だった。翌日、福生市とあきる野市で「イノシシが突進、通行人6名負傷」が発生した。11月、今度は岐阜県で「クマに襲われ男性死亡」(11月6日付)との新聞記事。環境省の集計によれば今年の全国でのクマによる負傷者は140名をこえたという。クマの「異常出没」はこのところ数年ごとに繰り返され、もはや秋の「恒例」行事となったようだ。そして先日、「シカ増殖、食害列島」(朝日11月7日付)の記事が躍った。シカの農作物被害と森林被害が日本列島を縦貫し、南アルプスや丹沢・奥多摩では土砂崩れの危険さえあるという。

シカの群れ

 野生動物の記事が毎日のように報道されている。しかしその構図は一昔前に比べるとずいぶん変わったように思う。かつては人間がつねに加害者で動物が被害者だったからだ。乱開発は生息地を奪い、人間は野生動物を追い込んでいる、と。しかし最近の状況は、少なくとも大型哺乳類に関する限り、分布域や個体数は各地で増加し、主客は転倒しているようだ。日本列島には300百万頭以上のシカと、80万頭以上のイノシシが生息し、なお増加中であると推定されている(環境省2013)。列島は“アニマル・ウォー”に見舞われ、しかも人間の方が敗退しつつあるようにみえる。なぜなのだろうか。

 野生動物が増えるには理由がある。第1に、温暖化や暖冬の影響で、自然死亡する個体の割合が格段に減少したことを挙げたい。かつては10年に1回程度の豪雪や異常寒波が増加する集団の頭をたたいてきたのだ。だがしのぎやすい冬ばかりが続いている。第2に、狩猟者(ハンター)の減少と老齢化の影響だ。1960年代に50万人もいた狩猟者はいまや8万人を割り込み、しかも大半は60代以上である。これら狩猟者の活躍がかつては、良くも悪くも、野生動物の個体数に影響を及ぼしてきた。それが現在では若い世代のリクルートがなく、野生生物集団であれば「絶滅危惧種」に相当する。

 もう1つ指摘しなければならない。私は、これがもっとも重要な要因だと考える。日本の農林業の衰退であり、結果としての耕作放棄地の増加である。最新(2010年)の農業センサスによれば、全国の耕作放棄地の面積が約40万㌶に達しているという。この面積はほぼ滋賀県に匹敵する。この放棄地が中山間地を中心に全国で虫食いのように発生している。そのすべてとは言わないまでも、多くの地域が野生動物の生息地へと置き換わってきた。耕作放棄地は野生動物を呼び込んで、獣害を拡大し、過疎化をさらに推し進めている。負の連鎖なのだ。人間の生活圏と野生動物の生息圏との境界はあいまいになって、野生動物があふれ出している。とすれば、これは「野生動物の被害」という問題をこえて、「地方消滅」という日本がおかれた中長期の社会問題と重なっていることがわかる。

シカが生息する森林。小さな芽生えや口の高さ以下の植物の葉がすべて食べられ、透けて見える。強い雨などでは表土が流れてしまう。

 処方箋はさまざまだ。被害防止のフェンスや電気柵の設置、モンキードッグやベアドッグの活用、こうした防除技術の開発は今後ますます重要である。それはそうだが、どれもが被害回避の対処療法なのであり、被害は別のところに転嫁される。私は、増加する野生動物個体群の個体数そのものを管理することなしに、野生動物と人間との共存はありえないと考えている。とくにシカについては農林業被害だけではなく、国立公園のお花畑など自然生態系や自然林に影響を及ぼしている点からも、個体数調整は必要だと主張したい。とはいえそれは、ゴキブリやネズミと同じ単なる害虫(獣)駆除であってはならないと思う。なぜなら、これらの大型哺乳類は日本の自然生態系の構成要素であり、日本の文化や歴史と深く結びついてきた存在だからである。このことは2つのことを提起している。1つは、科学的なアプローチの徹底、それは欧米で広く行われてきた“ワイルドライフ・マネジメント”の制度をつくることである。それは個体数の調整に当たっては、現状を把握し、目標を明確に定め、管理計画をつくり、たえずモニタリングを行い、計画を検証するというフレームワークである。もう1つは、捕獲した個体は積極的に活用することだ。捕獲個体はゴミではない、それどころか生態系が生み出した生物資源なのである。どのように利活用すべきか、肉の流通を含め、今後の大きな課題であるだろう。

 野生動物との「共存」とは何か。それは野生動物の無秩序な増加や拡大でもないし、人間による無原則な排除や駆除でもない。そうではなく、人間が生物多様性や生態系を保全し、持続的に利用するなかで、人間と野生動物が互いに利益を享受し合える関係を築くことにほかならない。2014年には「鳥獣保護及び狩猟に関する法律」が改正された。新たな野生動物管理の団体がつくられ、個体数調整が全国的に広く進められてようとしている。ワイルドライフ・マネジメントには野生動物の生態学や行動学を理解し、管理計画を立案し、実行する行政担当者や研究者が不可欠である。このフロントを目指す若者を育てることもまた重要な責務である、と私は思う。

三浦 慎悟(みうら・しんご)/早稲田大学人間科学学術院教授

【略歴】
早稲田大学人間科学学術院教授。1948年東京都生まれ。東京農工大学大学院農学研究科修了。理学博士(京都大学)。兵庫医科大学医学部、農林水産省森林総合研究所、新潟大学農学部教授。日本哺乳類学会元会長。専攻は哺乳類の行動生態学と野生動物管理学。主な著書、『哺乳類の生態学』(共著、東京大学出版会)、『哺乳類の生物学4社会』(東京大学出版会)、『野生動物の生態と農林業被害-共存の論理を求めて』(全国林業改良普及協会)、『ワイルドライフ・マネジメント入門』(岩波書店)、『図鑑NEO動物』(小学館)など。

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