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北村 美穂(きたむら・みほ)/早稲田大学高等研究所准教授  略歴はこちらから

コミュニケーションと身体性

北村 美穂/早稲田大学高等研究所准教授

 言葉を交わし、思いを伝える。コミュニケーションは、私たちの生活の大切な営みのひとつです。動物にとってもコミュニケーションは生存のうえで重要なものですが、他の種に比べ圧倒的に血縁以外の大勢の他者に囲まれて暮らす私たち人間にとって、思いを伝え、相手に良い印象を持ってもらうことで得られる利益はとても大きいものがあります。

 話す内容、もちろんこれが、コミュニケーションの根幹になるのですが、それ以外の情報がお互いの印象に影響することがわかっています。たとえば、姿勢。面接や合コンなどで、自分の印象を良く見せたいために、思わず背筋を伸ばした経験はないでしょうか。また、逆に緊張から背中を丸めてしまう経験もあるでしょう。「姿勢を良くしなさい」と両親に言われながら幼少期を過ごした方も多いと思いますが、姿勢を良くする効果は私たちが思っている以上に大きいようです。たとえば、良く見せようという意図から作られた姿勢の良さは、確実に相手に伝わります。最近私たちが行った研究では、参加者にポーズの取り方を特に指示せず、単に「良い・悪い」姿勢をとってくださいとだけ指示をしました。ポーズの取り方は、参加者によって様々です。ですが、それを別の参加者に評定させると、悪い姿勢にくらべ良いと意図された姿勢は明らかに魅力や信頼性が高く評価されました。さらに100ms(1秒の10分の1)というとても短い時間で見せた場合でも、評価は変わりませんでした。つまり相手に良い印象を与える(もしくは悪い印象を与える)ポーズは誰でも取ることができ、またそれは一瞬で評価されてしまうのです。これは、モデルさんなどのポーズを取る専門家でなくても、姿勢ひとつで会話を交わさずとも印象を良くする(悪くする)ことが一瞬でできてしまうことを意味しています。動物では、背中を丸めるポーズは自分が相手より下である、つまり歯向かう意思がないことを伝えるためで、生存に関わる大切なサインといわれています。進化的にみても、姿勢を読み取る、もしくは姿勢で表現することは、もともとわたしたちのなかに組み込まれていて、コミュニケーション場面で自動的に駆動される、重要な機能だと考えられるのです。

 もうひとつ面白いのは、自分でとった姿勢は相手だけでなく、自分自身の心にも影響を与えることです。自信のあるポーズをとれば自分への自信が高まり、逆に前かがみの姿勢をとれば内向的で弱い気持ちになってしまうことがわかってきました。日本でも翻訳の出ているエイミー・カディたちの研究が詳しいですが、これは心理学では広くエンボディメント(Embodiment)と言われている現象で、心の状態がからだの状態を決めるだけでなく、からだの状態が心を決めてしまうという逆の仕組みが私たちには備わっています。「悲しいから泣くのではなく、泣くから悲しいのだ」という説(ジェームズ・ランゲ説)が唱えられてから100年以上もたちますが、近年これをサポートする証拠が徐々に出されています。

 そのひとつで、私の前所属の早稲田大学理工学術院の渡邊克巳教授らは、昨年、話しているときの声のプロソディ、つまりイントネーションやリズムといった言語内容以外の情報を、特定の感情方向に変化させてフィードバックするシステムを開発し(DAVID https://www.waseda.jp/top/news/36483)、研究を行いました。このシステムは、自分の声が変わっていることに気づかないくらい、少しずつリアルタイムで声を変えることができるのがポイントで、自分の声だと思わせて楽しい声に変えて本人に聞かせていくと、変えられた声にあわせて話している本人の気持ちまで楽しくなってしまうことがわかりました。つまり本人が気づかないうちに、身体の情報が心の状態を変えてしまったわけです。

 では、これがコミュニケーション場面だったらどうなるのか。といった研究に、現在取り組んでいます。話している相手の声が、気づかないうちに楽しくなっていったら、自分の気持ちはどう変化するのか。これまでも、似たような研究はあって、話すリズムが似ているほうが相手への印象が良くなるとか、信頼感が形成されやすいなどの報告はあるのですが、リアルタイムで特定の感情へ声を変化させる試みは、技術的に難しくてよくわかっていませんでした。それが先のDAVIDの開発で可能になりました。特に無自覚的な変化、つまり意識できないときにどうなるのか。もし、気づかないくらいの他者の身体変化で、自分の気持ちが変わることがあるとすれば、それは自分の感情に影響をおよぼす身体性は私たちが思っているよりも社会的である可能性が高いです。むしろそちらが本質かもしれない。これは、最初にお話した姿勢についても同じで、相手の姿勢につられて自分の姿勢や感情がどう変わるのか、どのくらい互いに影響しあっているのか。これからは、人だけではなく、AIなどのロボットを含めた社会形成が予想されるなかで、身体と感情の相互作用を調べる意義はとても大きいと思います。特に、コミュニケーションでは、単に印象形成にとどまらず、会話の帰着点があります。つまり、会話の結果、たとえば、何かを産み出すのか、はたまた交渉は決裂するのかといったことが二人以上いれば可能なわけです。ネット上のコミュニケーションでしばしば「炎上」などが起きるのも、プロソディや姿勢などの身体性が置き去りにされている影響があるかもしれない。コミュニケーションと身体性について、今後の研究の展開はとても広く、私自身楽しみにしているところです。

北村 美穂(きたむら・みほ)/早稲田大学高等研究所准教授

2006年 東北大学文学研究科博士3年の課程修了(博士号取得(文学))。東北大学医学系研究科、東京大学先端科学技術研究センター、NTTコミュニケーション科学基礎研究所、早稲田大学理工学術院での研究員を経て、2017年4月より現職。専門は実験心理学。NTTコミュニケーション科学基礎研究所客員研究員。

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