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竹中 晃二(たけなか・こうじ)/早稲田大学人間科学学術院教授  略歴はこちらから

「なんとなく憂うつ」 現代メンヘラ処方箋

竹中 晃二/早稲田大学人間科学学術院教授

メンヘルとメンヘラ:蔓延する「なんとなく憂うつ」

 最近、ネットのなかで「メンヘル」、また「メンヘラ」という用語がよくみられるようになってきました。「メンヘル」とはメンタルヘルスが悪くなった状態を、一方、「メンヘラ」はメンタルヘルスを悪くしている人のことを指すのだそうです。このように身近になった「メンヘル」、すなわち「なんとなく憂うつ」という気分の落ち込みは、いまや私たちの生活に蔓延している共通の現象です。労働政策研究・研修機構(2016)が実施した「第2回日本人の就業実態に関する総合調査」によれば、過去3年間に「落ち込んだり、やる気が起きないなどのメンタルヘルス上の不調」を感じたことがあると回答した人は25.7%にのぼっています。また、そのうちの76.5%は、「通院治療なしでも日常生活を送ることができる状態」と回答しています。これらの回答者は、いわゆる「こころの病気」を抱えてはいるとはいえませんが、その予備群とみなすことができ、現在の状態を放置すればメンタルヘルス問題に発展する可能性が高いと考えられます。そのため、日常生活において、例えば「何となく落ち込む」、「やる気が起きない」、「からだがだるい」などの自覚症状を早い段階で低減させる術を身につけることは、その後のメンタルヘルス問題の予防に役立つと考えられます。

 ネガティブな症状を低減させるという方向性とは別に、メンタルヘルスをよい状態に保つ、つまりポジティブ・メンタルヘルスを育てる方法を身につけることも重要です。本稿で紹介するメンタルヘルス・プロモーションでは、ネガティブ要因の緩和・除去とは別に、日頃からポジティブ・メンタルヘルスを育てる行動をとるように奨励しています。つまり、私たちの日常生活においてはネガティブなイベントはいつもあるけれども、それらを頭の中で反すうして気分の落ち込みを強めないように、一方で、ポジティブな経験や事柄に目を向けていくという考え方です。

諸外国で行われているメンタルヘルス・プロモーション

 欧米では、従来から、学校や職域において、ポジティブ・メンタルヘルスを育てる目的で、多くの介入プログラムが実践されてきました。地域レベルで行われているほとんどのキャンペーンでは、特定の精神疾患への気づきを高めること、またストレス低減や対処方略についての教育、躊躇しないで救いや助けを求めることの奨励、メンタルヘルス問題の早期発見・治療、そして精神疾患に対するスティグマの緩和などが扱われています。我が国においても最近では、医療機関への通院の敷居を低くするなどのスティグマ対策、うつ病患者への支援者教育、さらには例えば「眠れていますか」というキャッチコピーのように、うつのシグナルに気づかせるポピュレーション・アプローチも行われ始めています。

 欧米のメンタルヘルス・プロモーションでは、さらに進んで、人々に対して、メンタルヘルスについての意識を高めさせ、メンタルヘルスによい行動の実施を推奨するキャンペーン活動が積極的に行われるようになってきました。例えば、NHS Health Scotlandは、positive steps for mental health(メンタルヘルスをよい状態に保つために行うポジティブな手段)と見なす行動を、身体を動かすこと、規則正しく食事を摂取すること、適度な飲酒を行うこと、新しいスキルを学ぶこと、創造的で精神的な事柄を行うこと、自分や相手を大切にすること、感じていることを人に話すこと、友人や家族と連絡を取り合うこと、他者の世話をすること、社会的貢献を行うこと、人に助けを求めること、仕事と生活のバランスを取ること、自然と接触することとし、ポジティブ・メンタルヘルスを保つために必要な具体的行動として積極的に推奨しています。

 以上のように、先進諸国においては、専門的なメンタルヘルス・サービスにおいて、精神疾患やメンタルヘルス問題の発症を予防・治療することが行われている一方で、積極的にポジティブ・メンタルヘルスを育てることを目的としてメンタルヘルス・プロモーションが実施されています。これらの試みは、共通して、うつや不安の低減に焦点を絞るのではなく、ポジティブ・メンタルヘルスの強化によってメンタルヘルス問題の予防を捉えている点できわめて興味深いと言えます。

メンタルヘルス・プロモーション『こころのABC活動』

 私たちがメンタルヘルス・プロモーション『こころのABC活動』を始めたきっかけは、東日本大地震で津波被害があった地域の子どもを対象にしたメンタルヘルス問題の予防でした。『こころのABC活動』は、推奨内容として、Act(からだ、こころ、人との活動)、Belong(集団への所属や社会的活動)、および Challenge(ボランティア活動や新規な活動の実施)の3要素であり、フィジカルヘルス・プロモーション(例えば、禁煙、運動実施、食事バランスなどの普及啓発活動)と同様に、メンタルヘルスをよい状態に保つ行動を推奨するプロモーション活動です。

 昨年の11月、私は、早稲田祭中の休講期間を利用して、『こころのABC活動』の開発に際して多くの情報を提供頂いた、西オーストラリア大学のドノバン教授のもとを訪問しました。西オーストラリア州では、「Act-Belong-Commit Mentally Healthy WAキャンペーン」と名付けられたメンタルヘルス・プロモーション活動を大々的に行っています。訪問して、その普及啓発活動を直に見せてもらうにつけ、このメンタルヘルス・プロモーションは、心理学や精神医学ではなく、まさにマーケティングの世界であることに気づかされました。いかに、メンタルヘルスの重要性を人々の意識にのぼらせるか、またポジティブ・メンタルヘルスを育てる行動をいかにプロアクティブに(率先して、前もって)行わせるかに焦点を絞り、様々な層に対して、様々なツールや通信媒体を用いて普及活動を展開していました。

学校で行われているメンタルヘルス・エキスポ

 私たちが開発した『こころのABC活動』の内容に関して背景にある根拠がいくつか考えられます。ひとつは「ポジティブ心理学」の流れです。人々が持つ「強み」に注目し、それらを活用したり、人生のポジティブ要因に注目し、幸福感を得るというものです。2つ目は、近年、欧米で推奨されている「meaningful activity(意味のある活動)」、すなわち自分にとって、役立つ活動、重要と認めている活動、創造力を発揮できる活動、達成感が持てる活動、有能であるという感覚をもてる活動、他者を援助する活動、喜びや楽しみを感じる活動、コントロール感を持てる活動、満足感を味わえる活動、適切な量の挑戦活動の実践です。大きなことでなくても、何かを行って、しかも自分にとって意味のある、価値のある活動を行えば、その結果として充実感を感じることができます。3つ目は、うつ病治療に用いられている「行動活性化」の考え方です。何をやってもうまくいかない、成功体験が不足し、他者からも評価されない状態が続くと、私たちの気分は落ち込んでいきます。気分の落ち込み、やる気がしないから何もやらない状態が続くと、ますます気分が落ち込んでいきます。そこで、まずは何かをやってみてやる気をだす、例えば外にでて空気を吸ってみて気持ちがよかった、お友達と電話して楽しかった、というように、気分に報酬をあげて落ち込んだ気分の解消を図っていこうとするものです。

 以上、メンタルヘルスをよい状態に保つためには、メンタルヘルスのことを日頃から意識の片隅にのぼらせておくこと、さらにポジティブ・メンタルヘルスを育てる行動を意図的に行っていくことが重要なのです。

最後に:シンポジウムの紹介と情報

1)早稲田大学人間総合研究センター主催シンポジウムの紹介
 「見えてきたメンタルヘルスの守り方:予防的メンタルヘルス対策 - 一次予防からポジティブ・メンタルヘルスの強化まで」
日時:2017年7月9日(日)13:00~17:00
会場:早稲田大学早稲田キャンパス8号館 B101教室

2)ご紹介した『こころのABC活動』の情報
https://www.waseda.jp/inst/weekly/feature/2016/11/04/18673/
https://www.waseda.jp/inst/weekly/feature/2016/10/31/18298/

竹中 晃二(たけなか・こうじ)/早稲田大学人間科学学術院教授

1975年早稲田大学教育学部卒業。
1990年Boston University大学院博士課程修了。
Doctor of Education(Boston University)、博士(心理学)九州大学。
関西学院大学助教授、岡山大学助教授、早稲田大学人間科学部助教授を経て
1997年4月より現職。
専門:健康心理学、応用健康科学
役職:一般社団法人日本健康心理学会理事長、日本ストレスマネジメント学会理事

主な著書
・アクティブ・ライフスタイルの構築―身体活動・運動の行動変容研究―. 早稲田大学学術叢書、早稲田大学出版
・運動と健康の心理学. 朝倉書店
・ストレスマネジメント-「これまで」と「これから」ゆまに書房
・日常生活・災害ストレスマネジメント教育-教師とカウンセラーのためのガイドブック-、サンライフ企画
・アクティブ・チャイルド60min.-子どもの身体活動ガイドライン- サンライフ企画

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