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枝川 義邦(えだがわ・よしくに)/早稲田大学研究戦略センター教授  略歴はこちらから

よい眠りは生活のデザインから

枝川 義邦/早稲田大学研究戦略センター教授
2018.1.15

 どうも調子が上がらない。最近、なにかとうっかりミスが多い ――こんなことに気づいたならば、睡眠不足を疑ってみるとよい。最近では、「睡眠負債」が流行語大賞トップテンに選ばれるなど、いままで以上に世の視線が睡眠に向けられている。しかし、その詳しい内容について、よく知っているという声はなかなか耳にしないのが現況か。

 私たちの健康は「食事・運動・睡眠」の三本柱が支えているので、これらがバランス良く満たされることで健康的な生活を送ることができる。その中でも、睡眠は私たちの本能による機能であるがゆえに、眠らないことは許されない。しかし、睡眠時間を「ただ休んでいる時間」だと捉えて、「時間がもったいない。多少短くても大丈夫」、「忙しい毎日、どこかの時間を削るとしたら睡眠時間だ」となり、日常的に睡眠不足を感じている人も多いのではないだろうか。

 睡眠が生きる上で大切な機能を担っていることには言を俟たない。一日の中で、活動している時間と睡眠時間とを上手に配分していく視点が大切なのだ。

最適な睡眠時間とは

 かつて、睡眠は「一日に8時間は」と、たっぷり眠ることが推奨されていた。しかし経済協力開発機構(OECD)の調査では、日本は26ヶ国で“睡眠時間の短い国”としてのポジションが定位置だ。厚生労働省の報告には、日本人の約40%は6時間未満の睡眠を続けているとある。

 最適な睡眠時間は、個人差や年齢による違いが大きいものの、多くの人にとって6時間半〜7時間半が良く、4時間未満や8時間以上となると健康や寿命に良くない影響が及ぶといわれてきている。

 では、少し短めの6時間睡眠ではどうだろうか。大抵の場合、6時間程度眠ると、充分に睡眠を取ったように感じるのではないか。しかし、6時間睡眠を2週間続ける実験をした研究結果からは、脳での情報処理にかかる働きは「二晩徹夜」したのと同じになるという。 4時間睡眠でも脳の働きは同様に低下したが、6時間も眠れば、本人はよく眠ったように感じていたとのこと。なるほど自身を振り返っても、目覚めも気持ちよく、日中のパフォーマンスも高いと思い込んでいる。しかし、脳の働きは徹夜明けと同程度になっていたのだ。それに気づかず、ともすれば習慣としてもっと長い期間続けてしまっているのではないか。私たちは“徹夜明け”を繰り返しながら、毎日を過ごしているのかも知れない。

睡眠不足の影響

 睡眠不足は、私たちの生活のあらゆる面に影響を与えているが、それらを総合して評価した米国での調査(2016年)では、日本における睡眠不足の影響を経済損失として換算すると、その金額はGDPの約3%、およそ15兆円にも上るとされた。これには健康や脳機能へ多大なる害が及ぶことも含まれている。

 睡眠不足の影響は、まずは、判断力の低下が生じたり、刹那的になり目先のことに飛びつきやすくなる、もの忘れが増える、怒りっぽくなるなど、日常的な不具合として現れる。そして、これが常態化すると、免疫系の衰え、糖尿病、高血圧症、がん、肥満、うつ、認知症に罹る可能性が増すなど、脳や身体への影響も重篤になると考えられている。

睡眠負債という考え方

 ところで、「睡眠負債」という言葉をご存じだろうか。睡眠負債とは、「少しずつの睡眠不足が重なることによって、簡単には解決しない深刻なマイナス要因が膨らんでいく」という性質を表した造語だ。気づかないうちにたまっていく“眠りの借金”が睡眠負債なのだ。睡眠時間の特徴は、「貯金はできないが、借金はできる」である。つまり、寝だめはできずに、寝不足を続けると、その影響が溜まっていってしまうのだ。逆に「睡眠負債」を解消すると、気分がすっきりして脳の働きが良くなるだけでなく、スポーツ選手の例では、「うごき」や「成績」のパフォーマンスも向上するという研究結果がある。

 私たちの日常では、定常的に脳や身体の働きが“にぶい”状態で過ごしている可能性があることから、睡眠負債を返すことで高いパフォーマンスを引き出せるようになるかも知れない。朝起きて昼前に眠くなる、夜、寝に入ってから眠りにつくのがあまりに早すぎるなどの場合には睡眠負債を疑い、少しでも長く眠るようにした方がよいだろう。

質の高い睡眠には生活のデザインを

 睡眠不足が常態化しているのならば、いまよりも1時間程度、長く眠るようにしていきたい。しかし、なかなか充分な睡眠時間を捻出することが難しい、というのが実情か。

 そこで、日常の睡眠不足を解消するほど長く眠れる環境にない場合は、積極的に「昼寝」を取り入れてみてはいかがだろうか。

 といっても、授業中に90分まるまる“居眠り”をきめる、というのはいけない。昼寝を長く取ったり夕方近くになってから取ると、夜間の睡眠の妨げになることから、翌日にも影響が及ぼされてしまう。昼寝は、10分から15分程度に留めておくのがよいのだ。これで、眠気の解消だけでなく、脳の認知能力も回復する。休憩時間などを活用して少しでも脳を休めるという姿勢が、午後の脳の働きを大きく変えていくということだ。昼寝の前にカフェインを摂ると、眠りすぎを防ぎ、起きてからのパフォーマンスも良いことが期待できるので、積極的に活用してもよいだろう。

 質と量の関係から、「量」ではなくて「質」を取るという発想も、ひとつのアイデアとなる。

 夜の睡眠の質を高めるためには、勝負は朝から始まる。起きて部屋のカーテンを開けると、眠気を誘発するホルモンであるメラトニンの分泌が抑えられるだけでなく、夜になってからの分泌にタイマーを入れられる。日中は、カフェインなどを摂ってでも活動量を上げていきたい。日中と夜間とのめりはりをつけることも、夜の睡眠の質を上げるからだ。

 夕方以降は、カフェインは摂らずに、徐々に睡眠のための準備を進めたい。照度を下げた室内で、室温・湿度にも配慮して、心地良い時間を過ごすのが良い。入浴はぬるめのお湯に浸かり、身体深部の体温を一旦上げると、その後によい眠気が訪れる。ベッドに入る前や入ってからは、スマートフォンなどからのブルーライトを浴びてはいけない。せっかく眠るように働いているメラトニンの分泌を妨げてしまうからだ。就寝してからは、寝返りのしやすい寝具に包まれているとよい。そして、できるだけ充分な時間、眠り続けたい。

 活動している時間と眠っている時間は表裏一体なので、お互いに影響を及ぼし合っている。質の高い眠りを得るには、寝ている時間だけでなく、一日の生活をデザインしていく視点が重要だ。これで、脳や身体の機能がよく働くだけでなく、ストレスへの耐性も生まれるだろう。良質の睡眠を意識して、心身ともに元気に過ごしていきたいものだ。

枝川 義邦(えだがわ・よしくに)/早稲田大学研究戦略センター教授

東京大学大学院薬学系研究科博士課程を修了して薬学の博士号、早稲田大学ビジネススクールを修了してMBA(経営学修士)を得る。早稲田大学スーパーテクノロジーオフィサー(STO)認定。早稲田大学高等研究所准教授等を経て2014年より現職。脳神経科学の専門性を軸にして、脳の働きや人間の行動などを調べ、組織・人材マネジメント、研究マネジメントに活かしている。一般向けの著書には『「脳が若い人」と「脳が老ける人」の習慣』(明日香出版社)、『記憶のスイッチ、はいってますか』(技術評論社)、『記憶力ドリル』(総合法令出版)などがある。2015年度にティーチングアワード総長賞、2017年度に新語・流行語大賞を受賞。