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君塚 弘恭(きみづか・ひろやす)/早稲田大学社会科学総合学術院准教授  略歴はこちらから

流通の歴史から考える飲食文化の形成と消費者の嗜好

君塚 弘恭/早稲田大学社会科学総合学術院准教授
2018.2.5

なぜ、ブルターニュ地方ではワインがよく飲まれているのか?

 フランスのブルターニュ地方の伝統的な食べ物と言えば、ガレットと呼ばれるそば粉のクレープとシードルというリンゴ酒でしょう。しかし、2005年にとられた統計によると(表を参照)、この年にブルターニュ地方で一番多く飲まれたお酒はワインでした。なぜシードル生産の盛んな地方でワインが好んで飲まれているのでしょうか。

(表)15歳〜75歳の男女が1週間に1度以上飲んだアルコール飲料の酒類(2005年)
  ブルターニュ地方 フランス国内[1]
アルコール度数の高い酒(ラム酒など) 20% 17.2%
ビール 21% 19.7%
ワイン 45% 43.2%
その他の酒(シードルなど) 14% 9.2%

出典 OFDT, Atlas régional des consommations d’alcool 2005, p. 129.

ヨーロッパ沿岸交易とブルターニュ地方におけるワイン消費のはじまり

 ブルターニュ半島は周囲を海で囲まれ、古代からこの地方の人々は海を越えたネットワークに深く結びついていました。古代ギリシャの哲学者ポセイドニオスによれば、この地域を支配した王はすでに海路で運ばれたワインを飲んでいました。その後ローマ帝国時代になると、ブルターニュ地方はワインの生産地であるアキテーヌ地方とブリテン諸島を結ぶ交易路の中継点となりました。こうして、ブルターニュ地方の人々は海の道を通じてワインと出会ったのでした。

 中世になると、南北ヨーロッパを結ぶワイン交易はますます盛んになっていきます。ところが、14世紀にイングランドとフランスの争いが起きると、アキテーヌ地方とブリテン諸島を結ぶ沿岸交易の安全が脅かされるようになりました。この危機に直面して、船舶による輸送に伴う危険回避のために、ブルターニュ公は、ブルターニュ半島西岸にサン=マチュー港を整備しました。アキテーヌ地方のボルドーで船積みされたワインは1度サン=マチュー港で陸揚げされ、倉庫に一時的に保管された後、そこからイングランドへ向けて再び輸送されたのです。こうしてサン=マチューとボルドーの間でワインの交易が盛んになると、特にブルターニュ地方西部の貴族たちの間でアキテーヌ産ワインを消費する習慣が広まりました。

ワインを飲む習慣の広がりと商人のつながり

 17世紀になると、ブルターニュ半島内陸部ではシードルの生産技法がノルマンディー地方から伝わった結果、シードルが庶民の間で主に消費されるようになりました。逆にアキテーヌ産のワインはしだいに富裕層による高級品の消費に限定されていきます。ところが、地元産のアルコール飲料のなかったブルターニュ半島西部では、アキテーヌ産ワインの輸入が増えていきました。中世から続くワインの道はここに継続されたのです。

 18世紀になって、都市人口が増加し、庶民のアルコール飲料の消費量が増えると、アキテーヌ地方の中でもリーズナブルだったブライやリブルヌ産のワインが好んで買い付けられるようになります。商人たちの商業ネットワークが産地の港とブルターニュ半島西部のワイン交易を支えました。リブルヌやブライの卸売商人たちの一部は親族を販売先であるブルターニュ地方の港町に送り、商品であるワインの販売を委託しました。ブルターニュ半島西部の港町ランデルノーに移住した商人たちは、ブライやリブルヌの親類からワインを受け取って、市内や周辺の小売商や居酒屋に販売しました。また、地元の小売商から消費者たちの好みを聞き、アキテーヌ地方の卸売商人に書簡で届けました。ワインの生産地と消費地とをつなぐ商人のネットワークによって消費者の嗜好が生産地の卸売商人に伝えられた結果、これに合ったワインが選択されるようになります。ブルターニュ地方西部沿岸の人々は、リブルヌやブライ産赤ワインを好んで消費しました。

商人たちが繋いだワイン消費の伝統

 20世紀初頭になるとフランスの植民地となったアルジェリアで生産された安価なワインが特にブルターニュ地方西部の庶民向けに輸入されるようになります。興味深いのは、ブルターニュ地方で最初にこのワインを扱った商人が、リブルヌに出自を持つ卸売商人だったことです。19世紀までにブルターニュ地方とリブルヌとの間で形成された商人のネットワークが、アルジェリアワインという新商品の導入とこの地域におけるワインを消費する文化の継続に貢献したのです。

 今日、ブルターニュ地方について書いた旅行ガイドブックは、この地方の最もポピュラーなお酒としてシードルを紹介しています。しかし、実際には、フランスの他の地域と同じくらいワインが飲まれています。そしてこのワイン消費の文化は、南北ヨーロッパを結ぶ交易に関わった商人たちの活動の結果として形成され、継承されたものです。商品と商人の歴史を研究する醍醐味の1つはこのような過去の人間の営みと今日を生きる人々とを結ぶ不思議な絆を見つけることだと言えるでしょう。

[1]^ ビールとワインのフランス国内消費の割合は、不明な点が多く不確かな数値であり、合計で100%にならないのはこうした理由からです。

君塚 弘恭(きみづか・ひろやす)/早稲田大学社会科学総合学術院准教授

千葉県生まれ。2014年博士号取得(歴史学・Université de Bretagne-Sud)。専門は近世フランス社会経済史。ワインや魚貝類、コーヒー、香辛料などの食料品の流通とそれに関わった商人について考察し、近世ヨーロッパの社会経済構造を研究している。
主著:Bordeaux et la Bretagne au XVIIIe siècle. Les routes du vin, Rennes, PUR, 2015.