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高橋 恭子(たかはし・きょうこ) 早稲田大学川口芸術学校教授兼副校長 早稲田大学政治学研究科客員教授 略歴はこちらから

リハビリから競技スポーツへ-パラリンピックの転換期-

高橋 恭子/早稲田大学川口芸術学校教授兼副校長 早稲田大学政治学研究科客員教授

 9月6日から17日にかけて開催された北京パラリンピック。市民メディアである国際障害者スポーツ写真連絡協議会の記者として取材した。

中国における障害者スポーツ

 五輪とパラリンピックがひとつの組織委員会で運営された今回の大会には、過去最多の148カ国・地域の約4000人が出場。最も多い332選手を送り出した中国は、472種目のうち211個のメダルを獲得し、アテネ大会に引き続き、一位の座を保った。中国の圧倒的な強さの背景は何か。そのひとつに、障害者スポーツを支える基盤整備が挙げられる。

 中国の障害者スポーツは1983年、中国身体障害者スポーツ協会の設立とともに始まった。中国でスポーツをする障害者は約200万、そのうちパラリンピック競技種目に取り組むのは約150万(9月6日付中国日報)。障害者スポーツの強化訓練をするトレーニングセンターは全国に18ヶ所ある。中でも2004年に新設された北京市内の中国障害者スポーツトレーニングセンターは車いすバスケットやラグビー用体育館、競泳プール、アーチェリー場を備えた大規模施設である。

 バリアフリーも急速に進められた。北京市は6700万元(約10億円)を投じ、万里の長城や紫禁城など60ヶ所の観光スポットをバリアフリー化した。障害者にやさしい街のアピールにも力が注がれた。地下鉄の車内やホテルのエレベータでは、「夢を諦めずに突き進む」選手や、健常者と障害者の共生を主張する映像が繰り返し流された。だが、市内を歩いて障害者に出会うことはほとんどなかった。障害者が安心して外出するのはまだ先のことなのか。そうであっても、パラリンピックが障害者に対する偏見を変えるきっかけになったことは間違いない。

見えてきた様々な格差

 ハイテク化した両足の義足で挑み、陸上競技で3つの金メダルを獲得した南アフリカのオスカー・ピストリアス選手に象徴されるように、器具のハイテク化に注目が集まった。同じく南アフリカのナタリー・デュトワ選手は、競泳で五輪にも出場した。こういった選手が競技性を高めたのも今大会の特徴である。

 パラリンピックは今、リハビリテーションから競技スポーツへと大きく転換しようとしている。その中で、新たな格差も見えてきた。進化した義手や義足、高性能な車いすにアクセスできる国とそうでない国の格差。バスケットやラグビーのようにプロ化するスポーツとマイナー競技の格差。五輪選手との待遇面の格差もある。

 日本のパラリンピック選手の多くは「オリンピックとの対等な扱い」を望んでいるが、報奨金にも差が見られる。五輪選手には、日本オリンピック委員会から金300万円、銀200万円、銅100万が贈られる一方、厚生労働省は、パラリンピック選手には金100万円、銀70万円、銅50万円を贈ることを発表した。先月、選手自ら街頭に出て、民間基金の設立を目指し、募金を呼びかけた。それほど、資金は不足している。

 日本パラリンピアンズ協会が北京大会代表など152選手に6月に実施したアンケートによれば、「スポーツをして苦労したこと」の一位に、82.9%が「費用がかかる」を挙げている。1年間の競技のために個人負担する平均額は110万円になるという。

長谷川貴大選手

 3度目の挑戦で、北京大会に出場したアーチェリー(車イス部門)の吉田信次選手(60歳 写真8、9)は「経済的支援のある国がうらやましい」と話す。満1歳で小児麻痺にかかり、下半身が不自由になった。阪神大震災で職を失ったときに、出会ったのがアーチェリーだ。「健常者と互角に戦える」とのめりこみ、勤務する障害者共同作業所の仕事をやりくりしながら、合宿、国内外の遠征をこなしてきた。すべてが個人負担である。今大会では、予選トーナメント初戦は順調に勝ち進んだが、2戦目に惜しくも敗退。「練習不足が影響した」と社会人として週一回の練習しか確保できないことを残念がる。

 競技性が増すと、年齢格差も浮き彫りにされる。「日本のアーチェリー選手はなぜ年齢高いのか」と中国の記者に尋ねられた。中国選手団の平均年齢は24.4歳。一方、日本の男子アーチェリーは、早稲田大学の長谷川貴大選手(19歳)を最年少に最高齢は66歳、平均年齢は45歳と確かに高い。女子には、「水泳選手になるには遅いが、アーチェリーならまだ間に合う」と40歳を過ぎてアーチェリーを始め、銀メダルを獲得した神谷千恵子選手(48歳)がいる。年齢は若くはないが、苦難を乗り越え、人生を賭けて挑む選手は、パラリンピックを豊かにし、見る人に感動を与える。

まずは見て、楽しもう

 今回取材を通じて感じたのは、障害者スポーツはスポーツであることだ。パラリンピックがひと握りのエリートスポーツになって行くのか。あるいは、障害も年齢も異なる多様な選手の活躍の場になるのか。障害者スポーツの関係者だけでなく、障害のない人も一緒になり、障害者スポーツのあるべき姿を広く議論することが必要だ。そのためには、まずは見て、楽しむことから始めたい。

写真1、2、4~7:阿部謙一郎氏撮影(NPO法人 国際障害者スポーツ写真連絡協議会 パラフォト)
写真3、8、9:扇 強太氏撮影(NPO法人 国際障害者スポーツ写真連絡協議会 パラフォト)

高橋 恭子(たかはし・きょうこ)/早稲田大学川口芸術学校教授兼副校長 早稲田大学政治学研究科客員教授

【略歴】

ジャーナリスト。千葉県生まれ。コロンビア大学大学院芸術学部修士課程終了。ビジネスウィーク東京支局勤務、慶応義塾大学環境情報学部特別招聘教授を経て、2003年より早稲田大学川口芸術学校教授兼副校長。早稲田大学政治研究科客員教授。主な映像作品に「リンダとモリー」(第11回ハワイ国際映画祭上映)、「ホームレスの女たち・ニューヨーク」、「次世代テレビの新風」、共著に「新版スタディガイド/メディア・リテラシー」、“Promote or Protect~Media Literacy Initiatives in Citizen’s Right to Communication-the Case of Japan”がある。平成18年度総務省メディア・リテラシー映像教材制作。NPOさいたま映像ボランティアの会理事。目下、次世代の映像制作者の育成と、小学校の「総合的な学習」から地域での生涯学習講座まで、すべての人のためのメディア・リテラシー教育の開発と実践に力を入れている。

http://wasedakawaguchi.jp/

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