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太田 章(おおた あきら)/早稲田大学スポーツ科学学術院教授 略歴はこちらから

レスリング競技の五輪からのメジャー化と米国からのメジャー化

太田 章/早稲田大学スポーツ科学学術院教授

 さて、2016リオデジャネイロ五輪が、近づいてきた。最も日本人選手のメダルラッシュが期待される競技、レスリングだが、今回のレスリング競技の最大の注目点は、やはり女子53kg級、吉田沙保里選手と58kg級、伊調馨選手の五輪4連覇4個目の金メダルへの期待、そして世界選手権3連覇中の48kg級、登坂絵莉選手への期待であろう。日本男子選手への期待もあるが、女子のそれとは比べ物にならない。女子は、それまで4階級しかなかった五輪種目が6階級に増え、ますます期待が膨れ上がる。反対に、男子は7階級から6階級に減り、フリースタイルとグレコローマンスタイルがある男子は、残念ながら、フリー2階級、グレコ2階級の4名しか五輪代表になれなかった。予選が更に厳しくなったのだ。筆者の頃の五輪(モスクワ五輪からバルセロナ五輪まで)は、男子のみフリー、グレコ両スタイルで、20名の代表が出場出来たが(各国各階級1名、バルセロナからは、アジア地区予選があった)、時代は変わるのである。(ちなみに私だけの日本記録4大会連続五輪代表も今回の女子二人に簡単に塗り替えられてしまった。笑)

 アテネ五輪から女子(フリースタイルのみ)4階級が、五輪に採用され、北京、ロンドンまでの3回の五輪で、なんと7個の金メダルを獲得している。そしてそのうち6個が、吉田、伊調の金メダルなのである。そんな期待の高いレスリング競技だが、たった3年前に、レスリング競技が、オリンピック(五輪)から除外されそうだったニュースを皆さん覚えているだろうか?

写真1

 2013年2月、その重大ニュースが届いた。IOC(国際オリンピック委員会)が、発表した、「オリンピックからレスリングが除外」のニュース。世界中のレスリング関係者がパニックになった。2020年東京五輪を心待ちにする日本レスリング協会も大慌て、2020年どころではなくなった。すぐに五輪残留署名運動をインターネットで開始。世界中のレスリング関係団体も「SAVE OLYMPIC WRESTLING」(写真1)活動を開始!長く生きて来てこんなに世界中のレスリング関係者が一丸となったという実感はない。「紀元前の古代オリンピックから続くレスリングが、近代オリンピックプログラムから脱落するはずがない」と考えていたからだ。しかし、それが現実になりつつあるというニュースから、みんな必死で「レスリングをオリンピックへ再び!」と叫び続けた。

 なぜレスリングが除外種目候補に挙げられたのか? IOCは、各競技を普及度やテレビ放送、スポンサー収入などの39項目で精査、レスリングは、ロンドン五輪の人気度で10段階の5を下回り、テレビ視聴者数や、インターネットのアクセス数も少なかったと判定され、さらにFILA(国際レスリング連盟)は、女子委員会もなく、意思決定機関に選手代表も入っていないことを指摘したとあった。しかし、その決定は、たった14名の理事によって決められ、その中には、サマランチ前IOC会長の息子が「近代五種」のIOC理事としており、「跆拳道」もIOC理事が、その中にいたという。「レスリング」には、守ってくれる理事が居なかったということのようだ。

 その後、「SAVE OLYMPIC WRESTLING」活動の甲斐があってか、9月のIOC理事総会では、レスリング、野球・ソフトボール、スカッシュの3種目で「残り1枠」を争って、各々プレゼンテーションを行い、総数95票の投票の結果、第1回目の開票で、49対24対22票で、レスリングが再選されたのである。その間、レスリング関係者たちは、不安の連続であったが、改革に乗り出す。FILA(国際レスリング連盟)は、不信任決議で前会長を辞任とした。新会長は、五輪残留の為にルール改正など、様々な改革を行い、翌年には、UWW(世界レスリング連合)に名称を変更、さらに改革は続き、現在に至っている。

 五輪残留で安堵した翌年の2014年の世界選手権後、今まで行われて来た「五輪」「世界選手権」すべての金メダル数の国別のランキングが発表された。そして、第1位は、傑出した金メダル数で「ソ連、EUN、ロシア」であったが、そこでなんと日本は、第2位とあった!まさかと思った。

オリンピック・世界選手権の金メダル獲得数
No. 国名 総数 男子フリー 男子グレコ 女子
オリ 世界 オリ 世界 オリ 世界
ソ連・EUN・ロシア 432 45 168 47 166
日本 129 17 22 76
米国 105 49 36 12
ブルガリア 76 22 33
トルコ 74 17 28 11 18

※ソ連・EUN・ロシアには、旧制ロシアは含まず。EUN=ソ連が解体されたあとの1992年バルセロナ・オリンピックに、バルト3ヶ国を除いて出場した旧ソ連の名称。そのあとは13の国の国内オリンピック委員会が認められ、各国が参加している。(日本レスリング協会サイトより)

 内容を見ると、なるほど、女子の飛び抜けたメダル数のおかげであることが分かった。日本の女子の世界選手権金メダル数76個が、光っている。なぜ日本の女子レスリングが、それほどに強いのか?その答えは、簡単には言えないが、女子レスリング界の世界のリーダー的立場にあるからだと思う。ワールドカップを日本で開催しても、試合後、世界中の選手を交流合宿に迎えて共にレスリングの技や練習方法、強化対策を伝授、相互理解し、女子レスリング界を更に前進させるべく国際的に切磋琢磨したのだ。それが、女子レスリングを五輪に導き、女子レスリングを世界中に認知させた。だからこそ、世界中から「日本は女子レス最強の国」といわれる証ではないだろうか?

 男子は、フリースタイルもグレコローマンスタイルも、第3位のアメリカに、大きな差をつけられている。五輪だけ見るとアメリカは、1位のソ連、EUN、ロシアより上なのである。

 実は、アメリカのレスリングは、我々には想像もつかない位、ものすごい人気なのだ。学校スポーツ、シーズンスポーツとしてのレスリングは、シーズン中、競技人口100万人を超える。日本の競技人口が約1万人であるから、その凄さが分かるであろう。シーズン最後の全米大学レスリング大会NCAAの観客数は、なんと三日間6セッションで、観客数11万人強!毎回1セッション2万人弱の観客が訪れるのである。これは、オリンピックの観客数の数倍の盛大さだ。日本においては、全日本選手権でも観客千人を超えるのは、至難の業だ。日本では、レスリングは、マイナー競技であるかもしれない。

 アメリカでは、さらに、昨年11月、大学の試合、IOWA 大学 対 OKLAHOMA STATE 大学の対抗戦が、なんと定員7万人のフットボール場で行われた。グランドの約半分の所にマットを敷いて行われたのだが、大学同士の対抗戦は、個人戦10試合だけ。その試合になんと42,287人の観客が入場したのである。これは、世界記録とのこと!通常のレスリングの試合では考えられない観客数だが、そのレスリング人気がまたアメリカなのである!

 また、アメリカと言う国は、イベントの作り方がさすがに上手い!ニューヨークのタイムズスクエアのど真ん中、屋外で、レスリングの国際試合を行ったり、歴史的、更に美しいことで有名なニューヨークのグランドセントラル駅の構内で試合をしたり、企画も派手で、日本では、いや世界中で、まねの出来ないものばかりである。人気のスポーツ、アメリカンフットボールや野球、バスケットボールほどではないにしろ、アメリカでは、レスリングは、メジャースポーツといえるのだ。

写真2

 しかもアメリカには、人々の心をゆさぶる感動の物語が、それを更に支える。Arizona State大学のアンソニーロブレスは、生まれながらにして片足がないまま生まれてきた。四肢欠損症という病名であったが、それを彼は乗り越えて行く。シングルマザーの母親は、彼が小さい時から取っ組み合いで彼と支え戦ってきた。その彼が、健常人と共に戦い、全米学生レスリング選手権NCAAで、初めて片足の王者となった!これは、人々に人間としての限りない可能性を示したと言えるであろう?!(写真2)それには、全米中が涙した。

 筆者は、1982年アジア大会ニューデリー大会で、レスリングの試合をサッカー場で経験した。(写真3)インドもまたレスリング人気がすごいのだ。その時は、その数万人入るサッカー場も満員札止めとなった。すると場外の中に入れない観客が騒ぎだし軍隊も出動するほどの混乱になったが、それはそれで、いい思い出である。

写真3

 また、レスリングが国技であると公言する国、イランでもレスリング人気は凄い!巨大な体育館が、通路、階段まで観客はぎゅうぎゅう詰め、宗教上、女性は、観戦出来ないのであるが、観客のほとんどがレスリングをよく知っていて、難しい技が決まった時だけ、大きな歓声をあげるのである。(イランが勝つと、エキストラの歓声をあげるが)これならば、世界でもレスリング競技は、メジャースポーツと呼べるのではないであろうか?

 五輪を中心にメジャー化がはかられるべきか?アメリカ式に、もっともっと、レスリングを押し出すべきか?どちらを参考にすべきか?日本のレスリング関係者は、頭が痛いところである。まあ、とにかく女子で、五輪金メダルを!(男子も頑張れ!)

太田 章(おおた あきら)/早稲田大学スポーツ科学学術院教授

【略歴】
1957年生まれ。1981年早稲田大学卒業。1983年東海大学大学院修了。早稲田大学体育局、人間科学部、スポーツ科学部、2011年より現職。著書 に「レスリング式5分間エクササイズ」など。エクステンションセンターで1997年より「社会人のための楽しいレスリング講座」担当、今年で20周年。所沢キャンパスで、2000年よりワセダクラブ2000(所沢市総合型地域スポーツクラブ)「オータキッズレスリング」少年レスリングクラブ担当、今年で16年目。
1980年モスクワ、84ロサンゼルス、88ソウル、92バルセロナの4大会連続五輪代表。モスクワは、ボイコットにより不参加、ロス、ソウルで連続「銀メダル」獲得。フリースタイル90kg級。

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