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研究力

▼知の共創—研究者プロファイル—

滝沢 研二/早稲田大学理工学術院准教授 略歴はこちらから

構造物と流体の連成解析で
複雑な物理現象モデルの工学応用を目指す

滝沢 研二/早稲田大学理工学術院准教授

NASAとの共同研究に参加

 私の専門は流体工学あるいは計算工学という分野で、なかでも「流体構造連成」という、流体と構造物とが強く関係し合って起きる物理現象の研究を中心に取り組んでいます。そもそもは、大学で機械工学を専攻している時に、流体の数値解析を専門とする先生に出会って興味を引かれたことがきっかけです。コンピュータで現象を手元に再現(シミュレーション)することで、自然界で起きうる現象をすべて把握したような気分が味わえる――そんなところに強い魅力を感じました。

 大学院の博士課程修了後、海上技術安全研究所(→海技研ホームページ)の研究員となって、船の動きと海流という、構造物と液体の二相流の問題に取り組むようになりました。二相流の身近な現象としては、例えば「ミルククラウン」という、液滴を液体に落とした時にできる冠状のしぶきがよく知られています。これは気体と液体の二相流の界面で起きる、表面張力の現象です。船と海流についても、海流によって生じる船の構造の変化まで計算に入れようとすると、問題はさらに複雑になります。これがすなわち流体構造連成といわれる問題です。

流体構造連成は、構造物が大型のものか、生体や布のように軟らかなものである時により有効な問題である。
左から水平軸型風車、垂直軸型風車、ラムエアーパラシュート、イナゴの解析

 その後、アメリカのテキサス州にあるライス大学の研究員として赴任し、流体構造連成の先駆者であり、世界的権威であるテズドゥヤー(Tayfun E. Tezduyar)教授のもとで、世界最先端の研究に取り組む機会に恵まれました。1つはNASAとの共同研究による、パラシュート降下のシミュレーションです。宇宙船や計測機器などを成層圏から地上に降ろしたり、火星に降ろしたりする時にパラシュートを使うのですが、どのような時に、どのようなパラシュートのフォーメーションにすれば、安定して降ろすことができるかを調べることが目的です。

 パラシュートはまさに気流の影響を受けて構造が大きく変化する構造物で、降下スピードも一定ではなく、また複数のパラシュートを付けて降ろすので、パラシュート間の接触や干渉の影響も受けます。そもそも最初にパラシュートが開いた時に、どういう気流の条件になるかの推定も難しい。シミュレーションはきわめて複雑で難しく、頭を悩ませ試行錯誤を重ねました。突破口は、複数のパラシュートの動きが対称性をもつ――実際は非対称なのですが――と仮定して、単純化した条件でシミュレーションをしたことから開けました。

パラシュート同士が衝突している様子のシミュレーション

 スムースに現象が起きる条件を見出し、そこから少しずつ条件を変更して、現実の現象に近づけていくという方法でモデルを構築しました。このモデルの上で、パラシュートの素材を変えたり、周囲にケーブルを這わせたり、表面に穴を開けてみたり、実験に先立ってシミュレーションにより条件を絞り、NASAでも実際のパラシュートで実験を行って安定なパラシュートの設計を行ってきました。日本に戻ってきてからも、テズドゥヤー教授のチームで引き続きNASAとの共同研究に参加しています。私は米国籍を持っていないので、NASAでの実験には簡単には立ち会えないのが残念です。

パラシュートの流体解析。オリオン宇宙船用のパラシュート
(アポロ時代の形状を模したテスト(左)、テスト候補の一つ(中央)、最終形状(右))

生体という設計図のない世界

 アメリカで取り組んだもう1つのプロジェクトに、医療分野での血流の流体解析があります。ライス大学があるテキサス州のヒューストンは、医療研究機関や病院が集積する世界の3大メディカル拠点の1つとしても知られ、地元の医療系の方との連携で進められたものです。流体構造連成は構造物が変形しやすいものの場合に有効で、生体は軟らかく変形するのでまさに向いています。アメリカのプロジェクトで技術を身につけて、日本に帰ってからもCRESTのプロジェクト「放射線医学と数理科学の協働による高度臨床診断の実現」にメンバーとしてお誘いいただき、続けているテーマです。

 具体的には、大動脈と脳動脈などの大きい血管を対象に解析に取り組んでいます。近年では、血瘤ができても破裂する確率は少ないことが分かっているので、できるだけ手術はせずに経過観察ということになっています。ただし、本当に手術が必要な症例はどれかを判断する手段が必要です。究極的には、個々の患者さんのデータから解析できるようになることが目標ですが、現状はまだまだ基本的なメカニズムを理解している段階です。たくさんの症例から血流という現象全体の傾向を議論し、試行錯誤を重ねています。

 生体には人工物のように設計図があるわけではないし、構造物をどう捉えるかが難しいテーマです。最も困難な点が、参考にする医用画像の血管が、健常時と比べてどの程度の収縮状態の血管なのかを見きわめることです。例えば古いゴムホースとかであれば、通常時からどれくらい伸びた状態かを調べて解析できるけれど、医用画像で見る患者さんの血管はそもそも伸びている状態で、もとはどういう状態だったかを推定しないといけないのですが、そこがきわめて難しい。初期状態の推定ができないと、将来予測も精確にはできません。

血流解析のグラフィクス。血管内部の流れの様子(左)、壁面が変形することにより起こる流れの変化(中央)、心臓弁のような弁の開閉による急激な変化(右)

 血流のシミュレーションできるようになれば、例えば、今はお医者さんの経験知でどの血管をどう繋ぎ替えるかなど決めているのを、より客観的なエビデンスに基づいた手術計画が立てられるようになります。名医の経験知は素晴らしいものですが、そのノウハウを普及させ、たくさんの患者さんに役立てることが求められています。流体現象は目で見ることが難しい。名医と言われる方でも、血流の細かい現象までを見ることはできません。シミュレーション映像をお見せすると「ほうやっぱりここはぐるぐる渦を巻いて流れが停滞するんだな」などと、経験知を裏付ける有用なデータとして喜んでいただけている手応えがあります。

あくまで未知の現象に取り組む

 今後もさらなるコンピュータの発展に伴って、流体解析の可能性もいっそう広がっていくでしょう。先ほどのパラシュートの解析にしても、全体をマクロに見て現象のつじつまの合う解析をしていた段階から、よりローカルな解析、例えばパラシュートの表面付近のミクロな変化などがより詳細に分かるモデル構築の段階に入っていきます。ゆくゆくは設計時に「ここを大きくしてみたらどうなるかな」「素材を変えたらどうなるかな」といった解析結果をリアルタイムで出せるツールが可能になるでしょう。莫大な計算リソースが必要ですが、今後のコンピュータの発展とともに可能性は大きく広がっています。

第19回計算工学講演会グラフィスアワードを受賞したタイヤの流体解析のグラフィクス(倉石孝、滝沢研二、田畑伸一郎、浅田奨平、Tayfun E. Tezduyar)

 本学には自動車関連の技術に強い教員が数多くおられるので、この環境を活かして自動車関連分野にも展開しています。いずれのテーマにも共通する研究のモットーは、いまだ分かっていない現象のメカニズムを解明することです。最近はコンピュータの計算性能が飛躍的に上がったこともあり、すでに分かっている現象のシミュレーションを精緻化する研究も流行っていますが、やはり未知の物理的現象にチャレンジすることが、計算工学の醍醐味だと思っています。ビッグデータの社会応用が最近話題になっていますが、データ量のパワーで現象の傾向さえ分かれば、あいだのメカニズムはブラックボックスのままでも良い、社会に役立てば良いという発想です。私の仕事の役割は、いわばこのブラックボックスの中を理論的に明らかにすることと言えます。

 解析の仕事は、異分野との連携とチームワークが大切です。宇宙や医療など様々な対象領域で、実際にモノを作る人、実証実験などの実践ができる人との連携なしには研究できない。共同研究チームをしっかり組織できないと成り立ちません。その一方で、私たち数値解析者は、何にでも対応できるような解析技術を網羅して持っていなければなりません。私はアメリカで一流の先生方から、データから何を見るべきかを学びました。解析そのものにもノウハウの蓄積が効いてくるので、研究室の学生たちにも、「1つのシミュレーションデータを徹底的に見て、できるだけたくさんのことを読み取れ」と言っています。

ライス大学での恩師テズドゥヤー教授、研究仲間のバジレフ氏(現・UCサンディエゴ校教授)らとの共著 “Computational Fluid–Structure Interaction: Methods and Applications” を2013年に上梓。大学院の教科書を目指した本書は、現在日本語訳の発刊を準備中。

滝沢 研二(たきざわ・けんじ)/早稲田大学理工学術院准教授

2001年東京工業大学工学部機械宇宙学科卒業。2005年東京工業大学大学院総合理工学研究科創造エネルギー専攻修了、博士(理学)。独立行政法人海上技術安全研究所研究員、米国ライス大学リサーチアソシエート、同リサーチサイエンティストを経て、2011年から現職。計算力学を中心に流体力学、構造力学、生体力学など広範な分野の研究を手がける。主な著書に「CIP法とJavaによるCGシミュレーション」(矢部孝・尾形陽一・滝沢研二共著、森北出版、2007)、「Computational Fluid–Structure Interaction: Methods and Applications」(Yuri Bazilevs, Kenji Takizawa, Tayfun E. Tezduyar;Wiley, 2013)。平成26年度早稲田大学リサーチアワード受賞、平成27年度文科大臣表彰(若手研究者部門)受賞。