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研究力

▼知の共創-研究者プロファイル-

蓮池 隆/早稲田大学理工学術院 准教授 略歴はこちらから

不確定な人間心理による意思決定を
ORの数理的手法で描き出す

蓮池 隆/早稲田大学理工学術院 准教授

ORは社会に役立つ学問

 私の専門はオペレーションズ・リサーチ(OR)という、問題解決や意思決定を、最適化モデルや数理解析手法を用いて追求する工学分野です。ORというと、難しい数式が並ぶ取っつきにくいイメージを持っている方も多いかと思います。確かにモデルは数学的に描かれるのですが、取り扱う対象は社会のあらゆる分野領域におよんでいます。もともとは第二次世界大戦中の軍事の意思決定支援に端を発した研究ですが、その後、経営や政策などに対象を大きく広げながら発展してきました。

 ORはそもそも「実学」を強く意識した分野ですし、世の中のより良い意思決定に役立たないと意味がないと考えています。もちろん意思決定を導くために、高度に数学的な理論研究を追求するOR研究者もたくさんおられます。このような理論研究の成果も重要ですが、一方で,そのような理論を実学へ応用する志向をもち、社会への関心が研究の原動力となっている研究者も多くおられます。特に私は、複雑で人間くさい、0—1の論理では到底割り切れないような現実社会を数理モデルで描き直し、より人の思いに近く、妥当性の高い意思決定を導きだす手法を与えられることがORの醍醐味とも考えています。

 大学に進学するときから、数理科学に関係することがやりたくて、そういう講座がある専攻を選んで受験しました。学部時代に最初に取り組んだのが、金融工学の資産配分問題、いわゆるポートフォリオ選択問題に関する研究で、現在までずっと続けています。具体的には、株式の値動きと投資家ごとの相場観を関連づけて解析し、市場動向と収益をモデル化し、その投資家が満足できる資産配分を提供するといった研究です。株式の値動きは、過去の膨大なデータを統計解析する、もしくはシミュレーションすればある程度予測できるはずですが、現実には、投資家それぞれの「相場観」という、データだけでは見えてこないような主観や直観による判断が入ってきて、これがデータからの予測を困難にします。

 この問題に対して、将来予測をポジティブ(楽観的)に見ていく投資家と、ネガティブ(悲観的)な予測をする投資家など、様々な相場観の投資家を仮定し、それぞれがどんな時にどのような収益あるいは損失を上げうるかということを具体的にモデル化し、よりリアルな株式市場の動きを想定したポートフォリオ選択(銘柄選択)の意思決定につながる研究成果を出しています。金融工学では従来、相場観のようなあいまいな概念は科学的に取り扱われてこなかったのですが、私はそこを真正面から見据えて、ORの手法を最大限に拡張しながら数理モデルで表現することに取り組んでいます。

 こうした人間の主観が大きく影響するような現象を中心に、これまでのORでは未着手だった領域を開拓する研究に一貫して取り組んでいます。確率現象に由来する不確実性の数値化だけでなく、人間心理などそもそも数値化しづらい不確定であいまいな現象の数理化に取り組んでいるのが、私の研究の特徴であり強みです。

未着手な分野を開拓する

「なんとなく」「こんな感じ」「結構安い」など、人間の直観的な合理性は、しばしば数学的な合理性を超えた判断をします。確率論ですべてが説明できれば話は早いのですが、言語を媒介とする人間の意思決定プロセスに含まれる主観的要因は、客観的事象に要請される完全加法性などの確率的公理に従わない場合も多く存在します。確率論だけでは言語由来の不確かさをモデリングできないのです。

 こうした不確定性を、あいまいさ、揺らぎといった概念を用いてモデリングしようとするものの1つにファジィ理論があります。ファジィ理論は、グラデーションのようにあいまいに変化していくような変数を、メンバシップ関数を用いて数値や関数で表現することができます(図1、図2)。厳密さや普遍性の議論は今なお続いていますが、0—1の論理にだけこだわらずに、必要に応じてファジィ理論などの手法を用いつつ、最終的にはできるだけ世の中の様々な不確実なこと、不確かなことを数理モデルにより突き詰めていくのが私のアプローチです。

図1 メンバシップ関数の設定例

図2 人々の主観をメンバシップ関数で数値・関数化し、最適な合意形成を導き出す

 この他にも観光の分野では、観光客の満足度を最大化するような観光経路の決定を支援するために、観光客の選好、観光バスや乗務員の配置、道路や観光地の混雑・渋滞状況など、観光に関わる様々な要因を入れ込みながら、適切な最適化手法を用いて、最適な経路決定ができる手法を開発しています。観光客それぞれに行きたいこと、やりたいこと、持てる時間やお金は違っていて、満足度の基準も違うため、そこを最適化していくところが難しいところです。

 最近は、農産物のサプライチェーンの研究にも取り組んでいます。農産品は工業製品とは違って、収穫の量や質が天候や土壌に左右され、ばらつきやロスも多い。豊作でも長期に保存できないから大量廃棄せざるを得ないなど、環境にも配慮しながら、効率的なサプライチェーンを構築することが難しい分野です。農家、小売、消費者、三者いずれにとっても最適な状況を維持し続けるための制度設計が必要とされています(図3)。ORにおける「マッチング問題」や「ゲーム理論」といったアプローチを用いるのですが、農産物市場には不確実性、不確定性が高い状況があり、複雑に絡み合った要因を加味しなければならず、難しい分野です。

図3 農家―小売―消費者の三者間の最適化を図る農産物サプライチェーンのモデル化

 今は、農家と小売業者のあいだをどうマッチングするかに絞り込んで、様々なモデルを模索しています。例えば、農家の作ったものを小売がすべて買い取る、代わりに小売が作付面積などの指定をできるといった条件の場合には、どういう収益モデルになりえるのか、実際の現場で起きていることを探りながら、数理モデルを構築しています。

研究には異分野交流が不可欠

研究室ゼミ風景

 金融、観光、農産物、この3つだけでもおよそかけ離れた分野ですが、それぞれ現場へ入っていき、そこにたずさわる人の話を聞くことが重要です。私の場合、研究会や交流会にも積極的に参加して、キーパーソンの方々と交流を深め、現場の本音のところの話をできるだけ聞くようにしています。現実社会から乖離したモデルを作っても意味がないので、現場にはどのような不確定性、不確実性、複雑さがあるのかを、できるだけ理解し吸収してモデル化することが、最終的に実学につながる貢献ができると考えています。

 ORは世の中の現象をモデル化するために、生々しい現実世界をいったん離れて理論化、モデル化することが一般的です。ただそこを深めれば深めるほど、どんどん数学的、形式的になっていって、現実社会から乖離していく。ORの研究成果を政策形成や戦略形成の現場で活用してもらうには、ORの側から難解な理論を噛み砕いて説明し、成果を社会へ戻していくための努力、橋渡しが大切です。現実社会からモデルを得て精緻化し、その成果をまた現実社会へ還していく――インプットとアウトプットの両方で社会との接点を持つことが重要です。

 若い研究者や研究室の学生たちには、異分野とのコミュニケーションが大事だということをよく伝えています。OR研究に必要な数学的能力はもちろんですが、異分野の専門的な話を聞いてもその本質となる部分を見つけだして、的確な質問ができるような力が必要です。そのためには常日頃から自分のアンテナ、センスを磨く自己研鑽をしておかなければならないと思います。

 近年は、人工知能がブームですが、研究仲間とよく議論するのは、人間社会の最も生々しい究極の意思決定というものが、果たして人工知能に可能なのかということです。人工知能の技術を用いれば、人間が知りえなかった知見を、出力結果を見ることで気づくことができます。例えば自動走行車の技術開発が進んでいますが、確かに人間より人工知能の方が安全性で上回るところが多いかもしれません。一方で、例えば、自動走行車に乗っていたら目の前に人が居て、ここで進めば前の人が大けがをする、でも避ければ車の中の自分が大けがをする、こういった究極の選択の瞬間に遭遇したとき、判断を人工知能に委ねられるでしょうか? 非常に難しいところです。

 ORや数理モデルを用いる良さとして、意思決定に至る過程がブラックボックスではなく、ある程度明示的に表現できることだと思っています。人間が持っている「究極の選択」においてこの明示がどのように重要な役割を果たせるか、ORがやるべき研究がまだまだ残されていると思いますし、人工知能の強みとORの強みを融合できれば、多くの意思決定でブレークスルーが起こると感じています。

蓮池 隆(はすいけ・たかし)/早稲田大学理工学術院 准教授

2009年大阪大学大学院情報科学研究科 情報数理学専攻 博士後期課程修了、博士(情報科学)。同専攻システム数理学講座助教を経て、2015年より現職:早稲田大学理工学術院創造理工学部 経営システム工学科計画数理学研究室 准教授。受賞歴に大阪大学大学院情報科学研究科賞(2007)、第9回 船井情報科学振興財団 研究奨励賞(2010)、Young Researcher Award, IEEE Computational Intelligence Society, Japan Chapter(2012;2013)、平成25年度日本経営工学会 論文奨励賞、2013年度日本オペレーションズ・リサーチ学会 研究賞奨励賞、2015年度早稲田大学リサーチアウォード(国際研究発信力)、その他Best Paper Awards多数。

蓮池研究室HP