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研究力

▼知の共創-研究者プロファイル-

シルヴァン・ドゥテ/早稲田大学国際学術院教授  略歴はこちらから

言語の社会的・文化的多様性を
音韻論の側面から探究する

シルヴァン・ドゥテ/早稲田大学国際学術院教授

知識への興味から言語科学へ

 私の専門は応用言語学という、言語の獲得や習得、社会と言語との関係などについて扱う研究分野です。応用言語学では、外国語教育、第二外国語教育が大きな分野で、コンピュータの自然言語処理研究も重要な分野になっています。私はフランス語の第二外国語教育を主な研究対象としており、なかでも音韻論という、言語の音声的側面について特に専門的に研究しています。世界中の生きたフランス語を収集してコーパスという言語データベースを構築し、音声の面からフランス語の多様性を分析するなどの研究に取り組んでいます。

 振り返れば、高校生の頃から「知識(knowledge)」というものに興味がありました。人間はどのように知識を獲得し表現しているのか? 哲学、数学、言語…、様々な専門的知識はどんなふうに表現されているのか? 例えば、2次元、3次元、4次元といった概念は、数学や宇宙論などの分野では、それぞれの知識体系で表現され、さらに5次元、6次元と、日常では使われない難しい知識体系が使われます。抽象的な思索を追求する哲学者や、研究室にこもってひたすら研究する数学者に憧れる一方で、もっと社会と繋がった研究者、言語学者や社会学者にも関心がありました。

 フランスの高校では哲学が必修科目で、ギリシャ哲学からフロイト、ハイデッガー、レヴィ=ストロースなど、幅広い哲学思想を通じて批判的思考を学びます。私は中学の頃からショーペンハウアーの本を読んでみるなど、早くから哲学に関心がありました―今思えばよく分かってなかったと思いますが…(笑)。18歳でグランゼコールの準備級に入って、理系コースで抽象数学を勉強したのですが、途中で進路変更し、大学に進学して言語科学を専攻しました。現代社会が抱える問題の多くがコミュニケーションの問題です。言語という知識を探究し、言語科学を発展させたいと考えるようになりました。

 大学時代、アルバイトを兼ねて海外からの留学生にフランス語を教えたことがとても良い経験になりました。言語科学の理論はともすると現実の言語から乖離して抽象的になりすぎます。私はもっと現実社会の中の言語を研究してみたいと思いました。大学を卒業して、イギリスのソルフォード大学の言語学科でフランス語講師の仕事に就き、並行してフランスの大学院の修士課程に進んで、第二外国語教育の研究を続けました。

日本語の助けなしに日本を体感

 博士課程に進むときに、イギリスやフランスで仕事を続けるか、あるいはどこか他に仕事を探すかと考えた末、漠然と憧れていた日本に行くことを決意しました。私が10代の頃、フランスではオリエンタリズムがブームで、たくさんの人がアジアや日本に関心を寄せていました。私も空手やカンフーを習ってみたり、日本に関する本を読んでみたりしました。大学2年の時に日本からの留学生と知り合い、パーティーに呼ばれました。部屋に入る時には靴を脱ぎ、鍋料理や日本食をいただき、そのすべてのマナーがよく整えられていて、丁寧で親切で、日本的な知性と雰囲気に魅了されました。

写真1 最初に日本で過ごしたフランス語講師時代

 日本は研究対象としても魅力がありました。読み書きと会話をいかに相互に関連づけながら教えるかに研究関心があったので、書き言葉として漢字やカナを持っている日本語は豊かで複合的で示唆に富むと思いました。日本でフランス語学校の老舗、アテネ・フランセで講師として働きながら、博士課程の研究を続けました。仕事と研究を両立させるのは大変でしたが、何よりも歴史あるアテネ・フランセで日本での教育経験を積むこと、日本語を母語とする日本人がどのようにフランス語を学ぶかを知ることが、自分のキャリアにも、第二外国語教育の研究にも大切と考えたのです。4年間の滞在のなかで、東京外国語大学、明治大学、慶應義塾大学と、徐々に大学で非常勤講師の職にも就くことができました。学会や研究会に参加することで、日本のアカデミックシステムの仕組みについても少しずつ分かってきました。

 日本で最も貴重だったことは、ほとんど日本語が分からないまま日本に来て、日本の社会や文化を言葉抜きで体感できたことです。日本を訪れる日本好きの若い学生たちは、最近はとてもよく日本語を勉強していて、初めて日本に来た時にかなり喋ることができます。しかし言葉が分かることがかえって深いコミュニケーションを妨げている面もあります。例えば日本人がよく言う「お疲れさま」「よろしくお願いします」なども、その背景にある文化や空気感をもっと理解して使う必要があります。フランス人は議論好きで白黒はっきりつけないと話が終わらないですが、日本人はむしろ白黒つけずにあいまいに終わらせる傾向があります。日本語でも標準語と関西弁は表現のニュアンスが違うでしょう。どちらが良い悪いではなくて、どちらにも良い所、悪い所がある。そういった国際理解があって初めて外国語のコミュニケーションは成立するし、知らないまま使っているとかえって対立を生むことにも繋がります。

大規模な国際共同研究を組織

 博士課程を修了し博士号を取得した後、フランスのルーアン大学の准教授に採用され、いったんフランスに戻ることにしました。日本を愛していて離れたくなかったのですが、フランスでは大学教員になるのに猛烈な競争があり、競争をかいくぐって得た幸運な機会を逃すことはできない、フランスで教員経験を積むことは日本の大学に就職する上でも欠かせないキャリアだと思いました。

 ルーアン大学で主に大学院の学生に応用言語学を教える一方、濃密な研究経験を積みました。2009年に日本へ戻ってくるまでに、大規模な国際共同研究プロジェクトを2つ組織しました。1つめは、33大学、58人の共同研究で、オーストリア、ベルギー、カナダ、中央アフリカ共和国、デンマーク、フランス、ドイツ、コートジボアール、日本、ノルウェー、韓国、スイス、オランダの13カ国をフィールドに、フランス語のネイティブ話者の会話をすべて同じ方法論で収集し、音声データの発音と統語を分析し、語彙のデータベースも含めて構造化されたコーパスを構築しました。英語のコーパスでも世界中にこれほどの規模と内容のものはありません。

 さらにその後、41大学、63人の共同研究を組織し、26カ国とより広いフィールドで、各国のフランス語学習者を対象に同じく発音と統語を分析し、こちらもコーパスを構築しています。2つのプロジェクトはそれぞれ成果を本として刊行(写真2~4)したのに加えて、収集分析したすべてのデータをオープンにして、ウエブ上でオーディオデータなどを提供していることも特徴的です。どちらも10年近い歳月をかけて取り組んだプロジェクトでした。

写真2 Les Variétés du Français Parlé Dans l’Espace Francophone - Ressources pour l’Enseignement (avec DVD). DETEY, S., DURAND, J., LAKS, B. & LYCHE, C.(共編著), Ophrys (Paris: France) 2010年 11月

写真3 並行して執筆された英語版の類似書:Varieties of Spoken French. DETEY, S., DURAND, J., LAKS, B. & LYCHE, C.(共編著) Oxford University Press, 2016年7月

写真4 La prononciation du français dans le monde: du natif à l’apprenant. DETEY, S., RACINE, I., KAWAGUCHI, Y. & EYCHENNE, J. (共編著), CLE International (Paris: France) 2016年 12月


図1 IPFCプログラムのコーディング(構造化分析)システム

 もともとは私の博士課程の指導教員、ジャック・デュラン先生がPFC(Phonologie du Français Contemporain;現代フランス語音韻論)というコーパス研究プログラムを1999年に立ち上げていて、フランスに戻ってそこに参加したのがスタートです。先の共同研究プロジェクトを通じてそのコーパスを拡張し、2008年にはさらにIPFC(Interphonologie du Français Contemporain;現代フランス語比較音韻論)を立ち上げました。

写真5 2017年10月、恩師のジャック・デュラン氏(トゥールーズ大学名誉教授)を早稲田大学に招いて講演会を開催した際の記念写真

 こうした研究業績を積みながら、日本での職も探していたところ、2009年に現在の早稲田大学国際教養学部という、理想的な環境で職を得ることができました。ゼミの学生たちはフランスと日本の文化や経営の比較などの研究テーマに取り組んでいます。例えばある学生は、エールフランスと日本航空の広告やマーケティングの比較を、テキスト分析を交えながら行っています。また別の学生は、高校時代に少しだけフランス語をやっただけなのに、114ページものフランス語の卒論を書きました。その後パリへ留学し、修士から博士と進んで博士論文も終盤を迎えており、現在では社会科学の講師も務めています。

 できればこれからもずっと、日本で研究を続けたいと考えています。日本の第二外国語教育や国際教育にはまだまだ改善の余地があり、私自身の専門的な「知識」によって、日本と日本人の国際コミュニケーションの発展に貢献していくことが最終目標です。

シルヴァン・ドゥテ/早稲田大学国際学術院教授

フランス・トゥールーズ第2大学卒、同大学院で修士号・博士号(Ph.D.)を取得。ルーアン国立大学准教授(言語学部)を経て、2009年より現職。2016年度早稲田大学リサーチアウォード(国際発信力)を受賞。論文・書籍等多数。

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