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研究力

▼知の共創-研究者プロファイル-

吉田 敬(よしだ・けい)/早稲田大学社会科学総合学術院 准教授  略歴はこちらから

自然科学と社会科学の枠を超えた
科学哲学を探究する

吉田 敬/早稲田大学社会科学総合学術院 准教授

科学哲学の方法論を拡張する

 社会科学の哲学という、社会科学の研究方法をめぐる哲学的研究が、私の専門です。科学哲学は自然科学に関する哲学の分野であると伝統的に考えられがちですが、私は特に社会科学を対象に研究をしています。大学院から哲学を専攻しましたが、最初は科学哲学の研究からスタートし、科学哲学者のカール・ポパーを中心とした相対主義についての論争の研究に取り組みました。日本でもよく知られるトーマス・クーンという科学史家・科学哲学者が、科学は研究者間で共有される共通の枠組み=「パラダイム」に基づいて成立し発展するけれども、それは累積的な進歩ではないという有名な主張をしました。これに対してポパーは、特定の枠組みに依存して科学を捉えるような相対主義的な見方は、客観的真理の探究という科学観を否定するものだと強く批判しました。このポパーの批判的観点を振り返り、自分なりに捉え直して修士論文にまとめました。

 博士課程に進むにあたって、こうした科学哲学の観点を拡張して、人文学や社会科学の分野での異文化理解をめぐる哲学論争に取り組んでみたいと思いました。1930〜60年代頃に活躍したエドワード・エヴァンズ=プリチャードをはじめとする社会人類学者が、アフリカなどの社会を調査して、呪術や儀礼などの現地に根ざした慣習を、科学的合理性では説明のつかない非合理的なものと捉えたことに対して、1960〜80年代に合理性論争と呼ばれる論争が起こりました。哲学者のピーター・ウィンチは現地の慣習には科学的合理性とは異なる、独自の合理性があるのだと主張し、哲学者のチャールズ・テイラーや文化人類学者のクリフォード・ギアツたちも、異文化の合理性について独自の見解を提示しました。

 しかし科学的合理性とは異なる合理性を前提とする見方に対しても、ポパーが展開した相対主義批判と同様の文化相対主義だという批判の声が上がります。異なる合理性を正当化してしまうと、結局は外からの説明や批判の可能性を排除し拒絶することに陥ってしまうという問題です。こうした論争は、1980年代以降いったんは収束を見せますが、問題が解決したわけではなく、1990年代、2000年代と、さまざまに形を変えながら繰り返し論じられています。

 博士論文では、こうした論争について取り上げ自分なりに検討しました。海外の大学院に進学してより専門的に研究を進めたいという思いから、カール・ポパーに直接学んだ先生方が在籍するトロントのヨーク大学大学院に留学し、イアン・ジャーヴィー教授のもとで研究に取り組みました。ジャーヴィー教授はポパーに直接教えを受けると同時に、人類学の哲学の研究なども手掛けられ、『社会科学の哲学(Philosophy of the Social Sciences』という学術誌の編集長も創刊以来務めるなど、まさに指導を仰ぐにはこの方しかいないと思える指導教員でした。

写真1 英語で書いた論文が初めて掲載された、ポパー生誕百周年記念会議Karl Popper 2002の論文集

写真2 初めて国際誌に論文が掲載されたPhilosophy of the Social Sciences Vol. 37, Number 3, 2007

解釈主義の限界をめぐる論争

 社会科学の哲学には、大きく分けて自然主義と解釈主義という2つの立場があります。自然主義というのは、社会科学も自然科学と同じ方法で研究できるという考え方です。それに対して解釈主義は、社会科学の研究対象は自然科学とは異なり、意図や目的を持って行動している人間であるため自然科学と同じ方法は使えないという考え方です。自然主義と解釈主義という二項対立の起源は、古代ギリシャのピュシス(自然)とノモス(規約)という二分法に遡ることができます。ピュシス=普遍的に存在する自然、ノモス=地域や時代によって変わる人工的なルールや慣習という考え方が、古代から脈々と今日へ継承され、それが今なお私たちの自然科学観や社会科学観に影響を及ぼしていると考えられます。

 ところがこの二分法を前提として、解釈主義の観点から社会現象を分析しようとすると、社会的な行為の意図せざる結果のようなものがうまく説明できません。例えば日本で起きた有名な事件に、1973年に起きた愛知県豊川信用金庫の取り付け騒ぎというのがあります。もとを辿ると、ある女子高生が豊川信用金庫に就職が決まったと2人の友達の女子高生に話したことがきっかけのようです。友人が「危ないらしいよ」とからかったら、当の女子高生はどうやらそれを真に受けて、親戚に「危ないの?」と聞いたところ、そこからうわさ話がどんどん広がって、多くの人々がお金を降ろしに行くという騒ぎが発生しました。こういう集団的な社会現象は、それぞれの行為者が何を意図しているのかだけに注目しても説明がつきません。

 経済学者のフリードリヒ・ハイエクもまた、市場経済や政治体制においても行為の意図せざる結果は無視できないものと考えており、ピュシスとノモスの二分法ではそうした社会現象の全てを捉えられないことを指摘しています。こうした歴史的論争を踏まえて、社会科学のあり方を改めて捉え直すこと、自然科学と社会科学に通底する科学哲学を探究することが、私の研究関心の根底にあります。

博士論文を発展させ英語圏で出版

写真3 Rationality and Cultural Interpretivism: A Critical Assessment of Failed Solutions (単著:Lexington Books, 2014年8月)

 カナダで6年間学び博士論文を書いたあと、そのまま職を探して残るという選択肢も検討しましたが、英語圏での競争は非常に厳しく、帰国せざるを得ませんでした。例えばその当時、アメリカのヴァージニア大学での哲学の教員公募では、1人の採用に600件もの応募があったそうです。日本でも哲学の専任教員の公募が少ないことはよく知られていますが、ポスドク研究員や非常勤講師などでキャリアを積みながら、自分の研究を進めることにしました。その間、博士論文を本にすることを思いつき、アメリカの学術出版社に企画書を持ち込んで査読を経て出版にこぎつけました。博士論文以降の研究成果も併せて大幅に書き直し、2014年8月にようやく刊行することができました(写真3)。著書を執筆しながら海外の教員職にも応募していたのですが、ちょうど早稲田大学で社会科学方法論の教員公募があり、運良く採用されて、2015年4月に着任しました。

 今後の研究の方向としては、これからの科学を触発するような研究を目指したいと考えています。例えば、脳神経科学と社会科学が接近し、人間の経済行動を脳神経の活動から解明しようという流れがありますが、これに対して経済学者からは「脳神経科学は経済学とは関係ない」という反論もあります。しかし、既存の学問領域にこだわってまったく関係ないと無視するのも問題があります。こうした新しい研究をめぐる論争に科学哲学からの見解を打ち出していくことも必要です。

 また、社会科学の哲学を日本に根付かせたいとも考えています。最初に述べたように、社会科学の哲学はもともとメジャーな分野ではありませんが、この10年で研究者が徐々に増えてきています。主要な会議の1つとして英語圏の研究者を中心に、社会科学の哲学ラウンドテーブル(Philosophy of Social Science Roundtable)が1999年から毎年開かれています。私が最初に参加した2009年の会議では、参加者も少なく会場も1部屋しかなかったのですが、その後参加した2016年には参加者が増えて複数の部屋を使うようになっています。また、2012年からは、社会科学の哲学ヨーロピアンネットワーク(European Network for the Philosophy of the Social Sciences)という会議がヨーロッパでも開かれ、社会科学の哲学は国際的に広がりを見せています。科学哲学がその対象を物理学から生物学へ、そして社会科学へと拡げているという流れが社会科学の哲学に関心を寄せる研究者の増加につながっているように思います。

 社会科学や自然科学のように、経験的事実や現象を研究対象とする学問は経験科学と呼ばれます。経験科学がいわばマンションを建設する作業であるとするなら、科学哲学の仕事の1つはその構造を深く分析することです。立派なマンションを建てていたつもりがその構造に様々な問題を抱えていたということもありうるわけで、経験科学者にはときには哲学者の議論にも耳を傾けて自分たちの研究の哲学的問題について考えていただきたいと思いますし、哲学者も積極的に経験科学者に刺激を与えていくという対話的な関係が形成されていくことが理想でしょう。

吉田 敬(よしだ・けい)/早稲田大学社会科学総合学術院 准教授

1997年国際基督教大学教養学部人文科学科卒業、1999年上智大学大学院哲学研究科哲学専攻博士前期課程修了、2005年カナダ・ヨーク大学大学院哲学科博士課程修了(Ph.D.)。東京大学グローバルCOE「共生のための国際哲学教育研究センター」(UTCP)特任講師、東京大学大学院博士課程教育リーディングプログラム「多文化共生・統合人間学プログラム」(IHS)特任講師などを経て、2015年4月より早稲田大学社会科学総合学術院専任講師、2017年4月より現職。2016年度早稲田大学リサーチアワード(国際研究発信力)受賞。

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