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研究力

▼WASEDA研究特区―プロジェクト研究最前線―

脳とこころに化学物質が及ぼす
健康影響の評価尺度を確立する

重点領域研究機構 環境医科学研究所

環境医科学研究所所長を務める掛山正心・人間科学学術院教授

 近代の経済成長は豊かな社会を築き上げるために、多種多量な化学物質を利用してきた。そもそも化学物質は生活を豊かにするために開発されるものだが、その一方で人や環境に有害な影響をもたらすものが少なくない。20世紀には目に見える激烈な被害をもたらす化学物質が、公害問題として大きく取り沙汰され社会的責任が問われた。一定の危険リスクが見出されて生産中止になった化学物質もある。

 現状製造されている約10万種の化学物質のうち、有害物質として規制を受けながらも引き続き生産が継続されているものは約450種類。さらに有害性といっても、現実には致死毒性と発がん性しか調べられていないのが実情である。その他の多くの化学物質は、健康への影響度が明確には見定められないまま、規制の枠外に置かれ、生産され利用され続けてきた。

 右肩上がりの経済成長の時代には、影響度や因果関係の曖昧なリスクは無視されてきたが、21世紀の持続可能経済を追求する今こそ、より広く化学物質のもたらす健康影響を精緻に評価する方法の確立が求められている。この問題に、医学、生命科学、心理学を統合する学際的研究を推進し社会実装にまで取り組んでいるのが、早稲田大学の環境医科学研究所である。

 早稲田大学の2016年度重点領域研究に採択された「環境健康リスク評価のための“脳とこころ”の評価尺度の開発と実装」プロジェクトの研究組織としてスタートした同研究所の活動について、所長を務める掛山正心・人間科学学術院教授に話を聞いた。

次世代低用量影響を明らかに

 掛山教授は、世界で最も早く化学物質が高次認知機能に及ぼす影響を追及してきた研究者の1人であり、健康指標に影響を与えない微量のダイオキシンが脳の発達に影響を及ぼし、自閉症など発達障害に関与する可能性を世界で初めて実験的に明らかにした。臨床心理学的な観察知見だけでは科学的な因果関係を証明しづらいところに、マウスや細胞レベルの実験によって、分子レベルで脳とこころへの影響を科学的に裏付けたのである。

「もともと私は脳の男女差の研究をしていました。15年ほど前に環境ホルモンという言葉が登場して、化学物質が及ぼす影響が性差に顕われる、オスをメス化させるというショッキングな報告が世界を騒がせたことを契機に、社会的使命感もあって化学物質が脳とこころに及ぼす影響について研究するようになりました。ダイオキシンを中心に研究に取り組んでみると、確かに性差の変化は行動パターンとしては顕われるけれども、本質的な影響はむしろもっと高次の認知機能、前頭葉が中心に司るこころの機能に見出されることが分かってきました。国際的に情報発信もしてきましたが、環境ホルモン=性差の変化という定説があまりにも強くて、ほとんど追随されず無視されるといった状況が続きました」(掛山教授)

 しかし2000年代初め頃から、ダイオキシンに関する研究成果を国際的に権威ある学術雑誌で次々に発表し、海外の招待講演やマスコミ報道などでも取り上げられた。学術的な評価はもちろん、環境問題や社会的責任経営への意識の高まり、少子高齢化を背景とする健康への科学的関心の高まりなどがその背景にある。ダイオキシンの有害性にセンセーショナルに注目を集めることはもとより本意ではない。より重要な貢献は、成人には影響の顕われない低レベルの曝露でも子どもの発達を害する“次世代低用量影響”という問題が存在することを、社会に広く知らしめたことである。

「早急な課題は、“次世代低用量影響”についての大規模な調査研究を進めることです。ただ調査分析して終わりではだめで、曝露とその影響の早期発見や予防・治療に繋げるための評価手法を開発し、臨床の現場に実装して、より多くのお子さんや妊娠中のお母さんらが、簡便で安価でかつ安心できるかたちで評価検査を受けられ、必要な対処を行えるような環境を整えていくことです(図1)。そのために研究所を立ち上げ、国内外の主要機関と連携し、キーパーソンを巻き込んで全国的・国際的な活動を始めています」(掛山教授)

図1 なぜ今、健康リスク研究なのか?

 人間科学学術院の教員8名を中心に、学外からは東京大学、京都大学、慶応義塾大学の各医学部と国立環境研究所から、生命医科学、神経医科学、精神医学、認知心理学、知覚心理学、計測評価等の専門家が集結する(図2)。実験動物の表現型解析にヒト研究者が参加し、逆に臨床で得られた生体試料を動物実験の研究者が解析するといった具合に、臨床心理系と動物実験系の研究者が分野を超えて協力することで、脳とこころの研究と社会実装を一挙に進めることがねらいだ(図3)。アメリカの代表的な評価機関や大学との研究連携も計画している。

図2 学内外から集結する主要メンバー

図3 臨床心理系と動物実験系の研究者の連携

国立環境研究所との共同研究で10万人調査に貢献

 大規模な調査研究はすでに始まっている。環境省が900億円という巨額予算を投じて2011年よりスタートさせた疫学調査プロジェクト「子どもの健康と環境に関する全国調査(エコチル調査)」において、次世代低用量影響は最重要課題の1つとして着手されている。10万人の赤ちゃんを対象に、生まれる前にお母さんの臍帯血を採って曝露量を調べるところから始まり、10歳になるまで様々な影響変化を追跡する調査である。10万人規模は世界でも例がなく日本が先駆けとなったが、現在は欧米でも追随して同様の調査が始められている。

「自閉症の人は100人に1人いると言われています。明確な数字が分からないのは、発症しても自閉症と気づかない、病院に行かないといったケースが多いからです。自閉症には早期発見と適切なケアが大切と思われますが、現在はまだその評価方法が確立されていません。10万人規模の調査であれば、化学物質の曝露量と自閉症発症との統計的相関を取ることが可能になります。エコチル調査からの結果は、世界で初めてのデータになります。我々の小規模コホート研究の結果では、現在までに赤ちゃんの臍帯血中のダイオキシン濃度が高いと社会性が低いという可能性をすでに発見し報告しています」(掛山教授)

 発見した成果に基づき、リスク評価用のバイオマーカーと赤ちゃん用の臨床テストの開発に取り組んでいる(図4)。世界で初めて0歳児段階でのリスク評価法を実装することができれば、自閉症研究にエポックメーキングな進歩をもたらすだろう。現在、ダイオキシンの測定費用は1検体数十万円もする。これを安価な自己負担で誰でも受けられるよう普及させることが重要で、技術開発に加えて医療政策や社会政策、ソーシャルマーケティングの展開も必要となる。

図4 ヒトと実験動物、分子レベルから行動レベルまでの融合研究で、世界初のリスク評価法の実装を目指す

人間科学のフロンティアを拓く

「我々の取り組みは、まさに早稲田の人間科学部が1987年に設置以来目指してきた、人間を中心に据えた学際的な科学研究を展開しようとするものです。研究所には私を含めて、人間科学部出身の研究者が4人います。こうしたメンバーの情熱を核としながら、早稲田の人間科学のフロンティアを開拓するという強い意識で研究所の活動に臨んでいます」(掛山教授)

 2016年のシンポジウム(写真)に続けて、2017年7月にも、アメリカのエモリー大学から世界的に有名な研究者を招へいして、早稲田キャンパスで国際シンポジウムを開催する。今後、こうした大学や研究機関と国際的な連携協定を結んでいく計画もある。脳とこころの科学で最前線を走る環境医科学研究所の今後の活動に期待が大きい――。

2016年9月、アメリカのエモリー大学からアンダリー博士(写真左下)とバーケット博士を招へいして、国際シンポジウムを開催(日本行動神経内分泌研究会と共催)

関連リンク

早稲田大学 環境医科学研究所(重点領域研究)
早稲田大学 人間科学学術院
早稲田大学 人間科学部
早稲田大学 人間科学研究科
環境省「子どもの健康と環境に関する全国調査(エコチル調査)」

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