早稲田大学の教育・研究・文化を発信 WASEDA ONLINE

YOMIURI ONLINE | 読売新聞

  • トップ
  • オピニオン
  • ニュース
  • 研究力
  • 文化
  • 教育
  • キャンパスナウ
  • 早稲田評論
  • English

ホーム > 研究力 > WASEDA研究特区―プロジェクト研究最前線―

研究力

▼WASEDA研究特区―プロジェクト研究最前線―

総合海法の研究教育拠点形成を
産学官の協働で推進

総合研究機構 海法研究所

海法研究所所長を務める箱井崇史・法学学術院教授

 日本は周りを海に囲まれた島国である。歴史的には東アジアを中心に、世界との交易・交流はすべて海を通じて行われてきた。現在も国際物流の99.9%(重量ベース)は船便に依存している。領海・排他的経済水域などをめぐる問題も海とは切り離せない。また環境汚染や自然災害の多くは、海に関係している。こうした海をめぐる人間の諸活動を「海事」と言い、海事にかかわる法の領域を「海法」と言う。イギリス、フランス、オランダなど歴史上の海洋大国には、海法の研究、海事政策、海上交通、海事産業などを総合的に研究する研究機関が有力大学に設置されており、それらは学術的にも社会的にも重要な研究領域として認知されている。

 一方、日本では、海事および法学の発展における特殊な歴史的経緯から、「海法」は独立した研究分野として十分に認知されていない。専門家も少なく、様々な大学・機関に散らばっている状況である。海洋大学は存在するが、海法の学科や研究拠点は存在してこなかった。しかし、国際的な海事問題に適切に対処するためには、欧米に負けない海法の研究・教育の充実が必要不可欠である。そのような問題意識のもと、2007年10月に早稲田大学のプロジェクト研究所として発足したのが、海法研究所である。まもなく10周年を迎える同研究所の取り組みについて、所長の箱井崇史・法学学術院教授に話を聞いた。

日本の海法研究の空隙を埋める

「産学連携による総合海法研究の拠点へ」というキャッチフレーズが目を引く海法研究所ホームページ

「海法研究所のミッションは、日本になかった“総合海法”の研究拠点を形成することです。そもそも海法は総合性をもって発展した歴史があり、わざわざ総合とつけるのは二重形容ですが、あえて強調してそう呼んでいます。日本には欧米のような総合的な海法の歴史が存在せず、海洋国・海運国でありながらその重要性が十分に認識されていません。現在では、商法、民法、行政法、刑法、国際私法などの各法分野に海法を扱う研究者が散在していると言え、海法の総合的な把握を困難にしています。こうした散在した研究者や実務家を結集して、海運国日本にふさわしい研究拠点を作りたいという強い使命感のもと、本学の教員らの主導により研究所を発足しました」(箱井教授)

 日本の特殊性を理解するには、海法の歴史を理解しておく必要がある。ヨーロッパで海港都市が発達した中世の時代に、海域ごとに実務慣行に根ざした海事慣習法としての海法が形成された。数百年にわたる発展の末に、1681年フランスのルイ14世による海事王令として、5編713か条にわたる「海法典」が世界で初めて編纂される。海事裁判、船舶・海員、海事契約(傭船契約・海上保険など)、港湾行政、漁業など海事全般を対象とする王令は、その後100年以上にわたり維持され、欧州はもとより世界各地にきわめて大きな影響を与えた。公法も私法も含み込んだこの総合性こそが、海法のそもそもの歴史的特徴だが、しかしその後、19世紀に欧州大陸で現代的な法典編纂事業が行われるようになると、海法は解体を余儀なくされる。

 近代的な法体系が形成されると、主に商法が海法の受け入れ先となっていく。フランスで1807年にナポレオン商法典が世界最初の商法典として編纂されると、海商編として再構成される。1861年の旧ドイツ商法典でも同じ構造で位置づけられ、日本へはドイツ商法を経由して現行商法へと受け継がれてきた。日本では、海法は商法を中心とした各法分野に分散したかたちで伝えられてきたが、その後100年以上にわたり、日本では海法の研究・教育拠点は不在のままだった。

「この空隙を埋める、日本で初めてかつ唯一の、総合海法の研究所としてスタートし10年が経過しました。研究・国際交流・教育を活動の3本柱として、いずれも当初の予想を超えた成果を生み出しています」(箱井教授)

日中韓で海法フォーラムを開催

 東アジアの海域のルールも、ほとんど欧米由来の海事条約に基づいているが、その解釈と運用に地域ごとの違いがある。特に中国での海法とその運用の実態については情報も少なく、日本の海事実務や政策に携わる専門家たちにとってはその体系的理解が大きな課題となっている。海法研究所では開設当初から、日中韓の情報交流や共同研究の推進を目指してきた。2008年9月に第1回東アジア海法フォーラムを早稲田大学で開催、その後も中国、韓国、日本と会場を移しながら開催を続け、2017年には第10回を数えるまでになった。

「最初の開催時に、“第1回”と付けるべきかどうか迷いましたね(笑)。その後も続けられるのかどうか見通しが立っていなかった。しかしゲストでお招きした中国や韓国の専門家から積極的な提案をいただき、第2回は中国の大連海事大学で、第3回は韓国の高麗大学校で、その後もずっと3カ国持ち回りで開催を続けてきました」(箱井教授)

 加えて、日中海法共同研究会を2009年3月からスタート、多い時は年2回ペースで早稲田大学と大連海事大学とでそれぞれ開催を続け、2017年度には第14回を数える。中国には大連と上海に海事大学があり、その中に法学部があって海事の専門家が集中している。特に、交通省所管の国立大学である大連海事大学は中国の海法研究のトップ拠点であるといえる。

「中国側からの関心も、私たちの当初の予想を超えた強いものがありました。東日本大震災があった2011年は本学で第4回のフォーラムを開催予定で、続々と本国に引き上げていく中国人が多いなか、中止すべきかどうか相談したところ、いや20人連れていくからぜひやろうと言ってくれました。これはうれしかった。強い信頼関係が築かれていることを実感しました」(箱井教授)

東アジア海法フォーラムの開催風景(左:大連海事大学、中:韓国高麗大学校、右:早稲田大学)

 この他、北京大学とは、より学術理論に重点を置いた日中海法理論研究会を共同開催している。こうした国際共同研究の成果は、海法研究所に参加する産官学の多数のメンバーを通じて各界に共有されるとともに、一般社団法人日本海運集会所が発行する『海事法研究会誌』という業界誌などを通じて、海事の実務家たちへ広く公開されてきた。国内の研究会としては、判例研究会、船舶衝突法研究会、船舶金融法研究会、海上保険法研究会など7つの研究会が組織され、研究と実務との交流の場ともなっている。

「船舶衝突法研究会の成果は、2012年に『船舶衝突法』という書籍として刊行することができました。船舶衝突について半世紀を超える空白を埋め、現代的な環境損害なども含めて幅広く扱っていること、研究者と実務家の協働作業による研究成果である点が高く評価されて、優れた海事研究を表彰する住田正一海事奨励賞を受賞しています」(箱井教授)

10期生を迎える大学院社会人教育

 海法研究所の事業のもう1つ重要な柱が、日本で唯一の海法研究に特化した社会人向け大学院修士課程コースの運営である。大学院法学研究科の社会人特定課題「国際海事問題の実務と法」は海法研究所が発案し、メンバーが中心となって講義を展開している。受講者は海運・保険・商社などの企業、船主協会、海事協会などの業界団体から、弁護士、自衛隊幹部まで幅広い。

「海法は、実務との密接な関連の中で成立しています。研究所では発足当初から、社会人に対する海法の理論教育への取り組みを射程に入れてカリキュラム策定などの準備を進め、2009年4月に第1期生を迎え入れました。海事政策研究という講義も柱の1つに据えて、講師派遣には国土交通省の全面的な協力も得ています。それから毎年コンスタントに受講生を受け入れて、2018年度には10期生を迎えます。さらに博士課程へ進んで博士の学位を取った人も1人出ました」(箱井教授)

 国は今、商法海商編の約120年ぶりの改正に取り組んでいる。箱井教授をはじめ海法研究所の複数のメンバーも法制審議会の部会に加わった。海法は、法務省や国土交通省をはじめ、環境省、厚生労働省、財務省など、多くの省庁に関係し、全体像が分かりづらいニッチな世界だが、海法の重要性は明らかであり、国際的にも活躍できる専門家を養成することが必須である。日本でその役割を一手に担ってきた海法研究所の10年にわたる活動が、今後さらにどのように継続発展していくのか、期待が大きい。

関連リンク

早稲田大学 総合研究機構 海法研究所
早稲田大学 社会人向け大学院修士課程コース 国際海事問題の実務と法
早稲田大学 法学学術院
早稲田大学 商学学術院

  • 早稲田大学東日本大震災復興支援室 早稲田大学東日本大震災復興支援室
  • 大学体験web もっと動画でワセダを体験したい方はこちら
  • QuonNet まなぶ・つながる・はじまる、くおん。