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研究力

▼WASEDA研究特区―プロジェクト研究最前線―

人工物とそれを取り巻く空間・環境を
新たなシステムとして設計する

フロンティア機械工学研究所 (理工・重点研究領域)

フロンティア機械工学研究所の所長を務める草鹿 仁・理工学術院教授

【解説:理工学術院総合研究所・重点研究領域】
 早稲田大学では創立150周年(2032年)へ向けたVision150を制定し、13の核心戦略を展開している。その1つに掲げられているのが「独創的研究の推進と国際発信力の強化」という核心戦略である。この核心戦略を特に科学技術分野において推進するために、理工学術院総合研究所(理工総研)が中心となって社会の課題に応える7つの重点研究領域が新たに設置された。それぞれの領域ごとに2018年4月に研究所が開設され、世界トップレベルの研究を目指していく。専攻の枠を超えて重点分野の国際的な研究力の強化を図るために、クラスター研究所と称するこれら研究所群の相互連携も図っていく。今後のさらなる研究ビジョンを構想する場として「早稲田地球再生塾(WERS)」を立ち上げる計画もある。

各重点研究領域に発足する7つのクラスター研究所

7領域の研究代表者やメンバーらが集結した重点研究領域発足記念シンポジウム(2017年12月22日)

 今回は7つの重点研究領域から「フロンティア機械工学領域」を推進するフロンティア機械工学研究所にフォーカスし、2018年4月にスタートしたばかりの研究所の活動ビジョンについて、所長を務める草鹿 仁・理工学術院教授に話を聞いた。

自動車に乗れば病気が治る?!

「自動車に乗ると病気が治ります――そう言ったら驚かれますか(笑)。冗談ではなくて、このプロジェクトでは、人を健康にするクルマ、元気にするクルマ、そんな自動車づくりを目指しています。例えばハンドルを握るとセンサーやカメラで瞬時に生体データが感知され、その日の健康や精神状態が分析されたり、検診のアドバイスが提示されたりする。血圧や気分を安定させる音楽や香りなどが演出される。自動走行技術と融合した安全安心なシニアカーを実現させる。未来へ向けて構想をふくらませ、夢物語ではなくそれらを着実に社会実装していきます」(草鹿教授)

 フロンティア機械工学研究所(以下、研究所)の中核となるのは、草鹿教授をはじめとする創造理工学部の教員たちである。草鹿教授は、自動車用触媒やエンジン制御の研究で第一人者であり、早稲田大学の次世代自動車研究機構(nextGV)の機構長も務める多忙さである。自動車工学は、早稲田理工において長い歴史と優位性を誇る分野であるが、今回のフロンティア機械工学は、伝統的な自動車工学そのものではなく、AI(人工知能)やIoT(Internet of Things)を活用しながら自動車という概念や存在そのものを見直し、創造理工の得意な医工学、ロボティクス、建築と連携して自動車に新しい付加価値を与え、人間の生活を豊かにする次世代システムを社会実装していくことを目指している。

 これまでの自動車は、人間の移動を飛躍的に便利で快適なものにした道具である一方で、近年は特に環境やエネルギーの負荷、交通渋滞、交通事故、高齢者ドライバーなど、デメリットの問題が議論されてきた。これらの問題を解決するために、人間工学、安全工学、交通工学、環境工学、都市工学など、様々な角度から研究開発が行われてきた。しかし、研究所ではこうした従来の発想とはまったく異なるアプローチで、自動車という製品やサービスを再構築しようとしている。

「例えば、最近注目されているものに運転支援や自動走行の技術があります。ここに拡張現実感と我々は呼んでいますが、センシングの技術を使って、自動車が人間の五感をアシストするとどうなるか。暗闇でも人間以上にモノがよく見える。人間には聞こえない人が近づいてくるヒタヒタという足音が検知できる。工事現場で上から落ちて来る物をいち早く察知する。道路の温度を感知して夏はより涼しい経路をナビゲーションする。自動車という空間や環境は、まだまだ未開拓であり様々な可能性に満ちています」(草鹿教授)

 ターゲットは自動車だけでなく、ロボット、家電、情報やエネルギーのネットワークなど様々な人工物とそれをめぐる空間を視野に入れている。「もの・ひと・こと」が、従来とは異なるグローバル/ローカルな関わり合いを持つ次世代社会において、年齢や性別、言葉や地域などの文化が異なる多様な人々が共に活躍できる創造空間の形成を目指していく。

図1 研究構想例:自動車を活用したドライバーデータのモニタリング

総合機械・建築・経営の力を結集

 そもそも創造理工学はその使命を〈「人間」「生活」「環境」という視点から、新しい科学技術を創造し、真の豊かな社会を実現する〉という言葉で表現している(図2)。早稲田理工の3学部のうち、基幹理工学が基礎から応用へのアプローチを、先進理工学が先端領域の開拓を担うのに対して、創造理工学は社会的・文化的な環境の創造を担う、フィールド志向の理工学である。だからこそ機械、建築、経営、土木といった横断的な分野領域の教員たちが所属する。

 研究所では、自動車やロボットなど最先端技術による人工物の可能性を「人間」「生活」「環境」という視点から再定義し、21世紀にふさわしい豊かな人間社会を構築することを目指す。具体的には、人の振る舞いやスキルを理解する知的な情報処理技術、人に親和性のある感性的なデザインを、道具や機械システム、人工空間として実装し、人へのサービス、人の行為の支援・拡張を行っていく。

図2 創造理工学部の使命

「これまで創造理工学というと、どちらかといえば個々に活躍するスタープレイヤーの集合といった感じだったのですが、今回はそのスタープレイヤー総動員の連携で、我々にしかできないことを実現させていく計画です。また目標ありきですから、足りない部分は創造理工学外の研究者にもどんどん参画してもらいます」(草鹿教授)

 当初5年間の戦略的な研究開発テーマとして、「人間の五感を補う拡張技術とその現実感」を掲げ、将来ニーズがますます強くなると想定される「ロボティクスデザインと知能情報」「ウェルビーイングデザインとモビリティ」というコア研究をスタートさせる。迅速な目標達成へ向けて、創造理工学部の総合機械工学科建築科経営システム工学科の教員を中心に、さらには基幹理工学部機械科学・航空学科表現工学科先進理工学研究科共同先端生命医科学専攻からもメンバーを加えた、分野横断的な構成となっている(メンバー一覧は研究所紹介ページ参照)。

 例えばロボティクスでは、総合機械工学から岩田浩康教授、菅野重樹教授、高西淳夫教授、表現工学から尾形哲也教授と、いずれも独創的なロボットやAIの研究に取り組む。建築学では環境制御研究の田辺新一教授や都市空間・環境デザインの有賀隆教授、総合機械工学では生体医工学の梅津光生教授、流体力学の滝沢研二教授、マイクロ・ナノ工学の梅津信二郎准教授、経営システム工学では情報数理・データサイエンスの後藤正幸教授、オペレーションズ・リサーチの蓮池 隆准教授など、実に多彩な顔ぶれである。このほかにも、2018年4月から新たにスタートした大学院の英語学位プログラムMajor in Mechanical Engineering (ME)の担当教員からも、システム制御の金子成彦客員教授、建築の吉村靖孝教授、ロボティクスのサラ・コセンティノ准教授、などが参加する。

「自動車と健康・医療を結びつけるところでは、梅津光生教授は医理工連携で本学を牽引してきた存在。病院との連携研究や、シニアカーの開発など、その手腕が大いに期待されます。また若手の梅津信二郎准教授は、生体組織をモニタリングするセンサーの開発などを手がけており、バイオ・センシングの技術導入が期待されます。例えば、センサーを自動車のハンドルに装着して握れば瞬時に体調が分かるとか、病院連携でデータが蓄積されてビッグデータ分析に活用されるといったことも考えられます」(草鹿教授)

図3 ハンドルにセンサーを搭載したヘルスモニタリングシステム

基本特許で国際競争力を確保

 研究戦略として重視しているのが、「研究段階から基本特許を意識する」ということである。社会実装を目指すプロジェクトとして、多くの企業との連携、産業界との合意形成を進めていくことはもちろんですが、ひいてはその取り組みが国際競争力を持っていかなければ意味がない。

「最近日本の製造業は、技術で勝って製品で負けるということが多いといわれます。そうならないよう、研究開発の段階から基本特許を意識して取っていくことで、国際競争力を確保していくことが必須条件です。また自動車製品は安全規制・道路交通規制など法的にがんじがらめに厳しい中で、超小型モビリティやシニアカーなど企画の段階から安全を意識して研究開発し、かつ産業界や関係省庁が連携して規制緩和や法改正を行っていく必要があります。研究が終わった段階ですぐに社会応用に持っていけるようにしないと、海外メーカーに先を越されてしまいます」(草鹿教授)

 初年度は大手メーカーをはじめ、企業メンバーを集めてコンソーシアムを組織し、分科会を設定して共同研究を進めていく。産学共同のコンソーシアムからスタートし、来年度以降の国の大型プロジェクトへの応募に繋げていく計画である。さらに、国際的な人材交流やディスカッションを進めていく中で、「フロンティア機械工学」という新領域での教育・研究を力強く推進していくことも、もう1つの大きな目標である。

 研究成果を社会に生かし続けるには、日本の製造業の優位性を守っていくしかない――。そうした決意のもとで、従来のものづくりの発想から脱却し、独創的な「もの・ひと・こと」づくりという観点からの次世代構想に取り組む、フロンティア機械工学研究所の今後に期待が大きい。