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研究力

▼WASEDA研究特区―プロジェクト研究最前線―

「安全」を持続的未来社会の最重要ファクターに

持続的未来社会研究所 (理工・重点研究領域)

持続的未来社会研究所の所長を務める柴山知也・理工学術院教授

【解説:理工学術院総合研究所・重点研究領域】
 早稲田大学では創立150周年(2032年)へ向けたVision150を制定し、13の核心戦略を展開している。その1つに掲げられているのが「独創的研究の推進と国際発信力の強化」という核心戦略である。この核心戦略を特に科学技術分野において推進するために、理工学術院総合研究所(理工総研)が中心となって社会の課題に応える7つの重点研究領域が新たに設置された。それぞれの領域ごとに2018年4月に研究所が開設され、世界トップレベルの研究を目指していく。専攻の枠を超えて重点分野の国際的な研究力の強化を図るために、クラスター研究所と称するこれら研究所群の相互連携も図っていく。今後のさらなる研究ビジョンを構想する場として「早稲田地球再生塾(WERS)」を立ち上げる計画もある。

各重点研究領域に発足する7つのクラスター研究所

7領域の研究代表者やメンバーらが集結した重点研究領域発足記念シンポジウム(2017年12月22日)

 今回は7つの重点研究領域から「持続的未来社会領域」を推進する持続的未来社会研究所にフォーカスし、2018年4月にスタートしたばかりの研究所の活動ビジョンについて、所長を務める柴山知也・理工学術院教授に話を聞いた。

すべての自然災害は複合災害

 持続的未来社会研究所の研究の柱は、「防災・社会基盤整備・環境」である。その研究活動の最大のミッションは、様々な専門領域にわたる災害研究を横断的に統合し、かつ自然災害のみならず人為的災害を含み込み、災害の連鎖を「複合災害」という俯瞰的な視座のもとに捉え、地域社会が持続可能な未来の暮らしを確立するために真に役立つ情報や知識を社会に提供し、政策や計画の立案に資する研究成果をまとめ上げていくことにある。

「私たちは東日本大震災直後の2011年6月、複合災害研究所というプロジェクト研究所を急きょ立ち上げ、津波被災、環境影響、複合巨大クライシスへの対応に関する調査研究と復興支援、将来への対策を目指した活動に5年間にわたり取り組んできました。沿岸域防災を専門とする私と、橋梁工学の依田照彦教授、廃棄物工学の香村一夫教授が中心となり、そして理工学ではない立場からも環境経済学の松岡俊二教授がコアメンバーとして参加して、海外の共同研究ネットワークも駆使しながら、東日本大震災をはじめとする国内外の甚大な災害を分析し、その複合災害としての特性を明らかにしてきました」(柴山教授)

写真1 東日本大震災における沿岸被災の状況

 結局のところ、すべての災害は複合災害である。地震から津波、地盤沈下、火災、停電と連鎖していく。福島ではさらに原子力発電所の事故に連鎖した。あるいは台風や爆弾低気圧であれば、強風がまず来て、次に大雨、洪水、それから高潮が来るといった具合に、こうした連鎖をタイムヒストリーとして理解することが重要である。

「複合災害をタイムヒストリーとして捉えるという研究はこれまでほとんどなかったのです。防災・減災を地域社会で実現するには、災害というもののイメージを、住民と地域社会がしっかり共有する必要があります。そのために我々はまず、個別の災害研究では不十分で、複合災害へと視座を広げ、さらに時系列での連鎖の分析を積み重ね、減災・防災の対策まで検討してきました。新しい研究所では、こうした知見を持続的未来社会に反映していくために、防災・社会基盤整備・環境と対象範囲を大きく広げ、分析から総合化への展開を目指しています」(柴山教授)

図1 持続的未来社会研究所 3つの研究グループと主要テーマ

土地利用に「安全性」尺度を

 複合災害から持続的未来社会へ――。視線を未来に広げた背景には、超高齢化・人口減少が進む近未来において土地利用や社会基盤整備が変容せざるを得ない中、土地利用の選択に「安全性」という評価尺度を中心的な要素の1つとして盛り込まなければならないという強い使命感による。地域社会では今後、都市機能・サービス機能の集約化と高度化を進めるコンパクトシティ、スマートシティといった政策が進んでいく。将来、土地利用をコンパクトに集約していくに際して、根拠となるリスクや安全性の評価尺度が求められている。

「住む場所を選ぶ時に、生活利便性や価格だけでなく、これからは安全性が積極的な検討要件となっていくべきです。一人ひとりの住民が安全性を重視した人生の選択をしていく。そのためには防災、社会基盤、環境に関する定量的評価が必要で、私たちはその評価モデルを提供していきます。ハイリスクの地域からの積極的な撤退は、これからの日本では絶対に必要ですが、それを行政が判断して押し付けるのではなく、個人の行為選択の結果として、50年、100年経ったときに、日本が災害列島から抜け出していることが究極的な目標です」(柴山教授)

 社会基盤についても、リスク評価・安全性評価が重要になる。研究所では重点テーマの1つとして、廃炉地盤工学の確立を掲げている。福島原発の廃炉をいかに安全に進めていけるか、地盤工学が専門の小峯秀雄教授・副所長を中心に、様々な検討を進めている。この他に、橋梁や堤防など既存の社会基盤設備の脆弱性評価のモデルも提案していく。

 環境分野では、廃棄物処理や汚染除去の安全性評価から、将来の循環型エネルギー資源の評価、さらには温暖化による環境変化の予測モデルの構築まで、対象は幅広い。気候変動の研究は、世界中の気象学者が取り組んでいるが、もっぱら地球全体のマクロな気候変動そのものが研究対象で、例えば日本列島全体への影響はマクロ的に予測できるものの、各地域にどんな影響を与えるかというミクロな分析はこれから行う必要がある。

 「例えば、温暖化後の台風は、個数は減少するけれど、1つ1つのエネルギーが強大なものになることが分かっています。その具体的な被害の将来像を想定しておく必要があります。台風はちょっとした要因で進路が変わり、風雨の影響範囲も大きく変わるのですが、そうした変化に細かく対応できるシミュレーション手法を確立しつつあります。将来の台風で降雨や高潮はどう変化するのか、ピンポイントで東京はどうなり、横浜はどうなる、と言えるような研究成果がまもなく出せると思います」(柴山教授)

世界各地との緊密な国際共同研究

 今回の研究所には、中心となる創造理工学部社会環境工学から16名、さらに環境資源工学から12名と、いずれも教員・任期付教員・研究員の全員参加体制で、さらに建築学から関連分野3名の教員を加え、総勢31名もの学内メンバーが名を連ねている。

「研究所の計画申請時に“30名は多過ぎるのでは?”と言われたのですが、防災・社会基盤・環境という3つの領域を融合し、かつ持続的未来社会のための方策へとまとめ上げるには、決して多くないと考えました。重点的にかかわるコアメンバーは10名程度としても、周辺領域も含めて深い専門知識を持った人たちの総力を結集する必要があるのです」(柴山教授)

 一方で、盤石な国際共同研究ネットワークを有することも、研究所の特色である。先述の複合災害研究所では、2013年に文部科学省私立大学戦略的研究基盤形成支援事業の補助を受けて、国際共同研究プロジェクト「減災研究の国際展開のための災害研究基盤の形成」を立ち上げ、カナダ、イラン、タイ、ベトナム、インドネシア、ブータン、タンザニア、スリランカ、イギリス、中国、韓国、チリと、世界中の研究者仲間と共に、各地における過去の甚大な災害を「複合災害」という観点から捉えなおす研究を推進してきた(写真2)。これら外国人メンバーのほとんどが、柴山研究室で学位を取ったOB研究者たちであることも強みだ。

写真2 津波、高潮を中心とした沿岸災害に関する国際共同研究の成果は、世界的な学術出版社のElsevierから、「技術者と計画者のための沿岸減災ハンドブック」というかたちで刊行されている。“Handbook of Coastal Disaster Mitigation for Engineers and Planners” Editors: Miguel Esteban Hiroshi Takagi Tomoya Shibayama, Elsevier (2015)

 こうしたネットワークを活かし、日本だけではなく世界各地の影響分析と対策にも貢献していく。温暖化の影響により、北極圏では氷のある時期が短くなり、ブリザードが起きると高波や高潮の被害が甚大になり、近隣のエスキモーの村が危険にさらされることが予想される。北極圏の気候変動の影響については、バンクーバーの津波研究ですでに共同研究実績のあるオタワ大学のニストール教授と進めていく。

「防災や温暖化対策には大きく、技術や対策でその影響を減らす減災(mitigation)というやり方と、人間の側が変化に順応(adaptation)するやり方があります。例えば、太平洋には温暖化の影響でまもなく海面下に沈んでしまう島が多数あります。彼らの環境変化への対応の将来像をどう考えていくか。フィリピンのある島では地震による地盤沈下を現在経験しているのですが、漁師など沿岸に住む現地の人々には、暮らし方を工夫することで環境に適応しようとする行動が見られます。本学のミゲル・エステバン教授は、こうした適応事例のフィールドワーク調査から、他の地域が学ぶことのできるモデルを探っています」(柴山教授)

 こうした国際的な研究力や人材輩出の実績は、大学ランキングの高い評価にも示されている。イギリスのQS社による「Top 10 Civil Engineering Schools with Employers in 2018(雇用者が評価する土木工学分野の大学トップ10)」で、早稲田大学は世界第6位にランキングされた。これは社会環境工学を中心とする土木工学分野の教育研究力が高く評価された結果であり、国際的な人材を育成していることの表れでもある。一方、研究力の尺度であるQS大学ランキング(分野別:Civil & Structural 土木・構造工学分野)も、2017年151-200位から2018年101-150位に上がり、数年以内には2桁台へ上がることを目標としている。

 その他にも、早稲田大学が世界的なMOOC(大規模オンライン大学講義)サービスの「edX」を通じて発信する英語講義プログラムの第1弾を(図2)提供し、沿岸災害に関するこれまでの研究成果を英語の教育プログラムとして制作し、世界中の受講者に送っている。第1シリーズ、第2シリーズ合計で5千人もの受講者に配信されている。

「これまでの成果のすべてをこの教育プログラムに盛り込んだといっても過言ではありません。受講した実務家や学生の方々などからの反響がとても参考になります。今後もできるかぎりの成果普及を行っていきます」(柴山教授)

 日本のみならず世界中に安全安心で持続可能な未来社会をつくりあげていくうえで、同研究所への期待は大きい―—。

図2 MOOC(大規模オンライン大学講義)での提供プログラム“Tsunamis and Storm Surges: Introduction to Coastal Disasters”より。