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研究力

▼WASEDA研究特区―プロジェクト研究最前線―

素粒子から宇宙までの領域融合で
物理学のパラダイム変革に挑戦

先端基礎物理学研究所(理工・重点研究領域)

先端基礎物理学研究所の所長を務める寄田浩平・理工学術院教授

【解説:理工学術院総合研究所・重点研究領域】
 早稲田大学では創立150周年(2032年)へ向けたVision150を制定し、13の核心戦略を展開している。その1つに掲げられているのが「独創的研究の推進と国際発信力の強化」という核心戦略である。この核心戦略を特に科学技術分野において推進するために、理工学術院総合研究所(理工総研)が中心となって社会の課題に応える7つの重点研究領域が新たに設置された。それぞれの領域ごとに2018年4月に研究所が開設され、世界トップレベルの研究を目指していく。専攻の枠を超えて重点分野の国際的な研究力の強化を図るために、クラスター研究所と称するこれら研究所群の相互連携も図っていく。今後のさらなる研究ビジョンを構想する場として「早稲田地球再生塾(WERS)」を立ち上げる計画もある。

各重点研究領域に発足する7つのクラスター研究所

7領域の研究代表者やメンバーらが集結した重点研究領域発足記念シンポジウム(2017年12月22日)

 今回は7つの重点研究領域から「先端基礎物理学領域」を推進する先端基礎物理学研究所にフォーカスし、2018年4月にスタートした研究所の活動ビジョンについて、所長を務める寄田浩平・理工学術院教授に話を聞いた。

ヒッグス粒子発見を結節点として

 相対性理論・量子力学の誕生から百年を経て、基礎物理学は新たな変革期を迎えている。1970年代には素粒子物理学の世界像を規定する「標準模型」が確立し、その裏付けとなる新粒子が次々に発見された。2012年には標準模型の最後の1ピースといわれたヒッグス粒子が発見され、直ちに翌年のノーベル物理学賞が授賞された。この発見により、百年にわたり物理学者が追究してきた近代物理学の世界像が、理論と実証の両面からほぼ完成を見ると同時に、その世界像では解けないいくつかの矛盾を解明するための、新たな基礎理論の探究と実験的検証が始まっている。

 ヒッグス粒子の発見には、寄田教授の研究室をはじめ日本の研究チームの貢献も大きい。ノーベル賞授賞決定直後に早稲田大学で開催された記念講演会では、東大の小林富雄教授、高エネルギー加速器研究機構の北野龍一郎教授、寄田教授が登壇、多数の聴衆が集まった。(2013年10月27日井深大記念ホール)

 「研究所の目標は、理論と実験の連携、さらには素粒子・宇宙・量子・原子の4つの領域の相互連携による融合的な研究アプローチを推進し、世界最先端の新発見と新理論の成果を出していくことです。これらの領域は完全に専門分化していて、同じ新粒子の発見にしても、領域の壁を超えて互いに検証したり議論したりということが、ほとんどなされてきませんでした。しかしこれからの基礎物理学の発展には、各領域が培ってきた知識やノウハウを融合することが大きな力になります。国際的な研究競争においても、領域融合が重要不可欠なアプローチになるでしょう」(寄田教授)

 研究所には、早稲田大学先進理工学部の基礎物理学系教員11名が集結、素粒子・宇宙・量子・原子、すべての領域の研究者が存在すること、それぞれの領域で世界最先端の研究成果を出していることが強みだ。まずは素粒子と宇宙という、最もかけ離れている領域を架橋しながら、領域全体の融合の可能性を探っていく方針だ(図1)。一方で「知の欲求」を最大限に発揮し新発見を追求し、他方では最高レベルの観測・分析の技術を、産業界や医療界にスピンオフさせていく。

図1 先端基礎物理学研究所の活動目標

 これまでに、素粒子実験では、寄田研究室のチームが、スイスの欧州原子核研究機構(CERN)に建設された世界最大の大型ハドロン衝突型加速器(LHC)でヒッグス粒子の発見に繋がる成果を上げてきた。素粒子や量子の理論では、中里弘道教授や安倍博之教授が、超弦理論など究極的な物理法則を探究する。宇宙実験では鳥居祥二教授がJAXAと共同で、独自に開発した高エネルギー電子・ガンマ線観測装置(CALET)を用いた宇宙実験を推進している。片岡淳教授も、フェルミ宇宙望遠鏡を用いたガンマ線粒子雲の発見などで高い成果を上げるとともに、NASAとの共同によるガンマ線観測衛星、JAXAとの共同によるX線の観測衛星を用いたプロジェクトを主導している。この他、各領域で強みを有する研究者たちが、相互連携に取り組んでいく。

加速器・地下・宇宙の3実験を架橋

 「メンバーを動かす共通のキーワードは、やはり“新発見”です。基礎物理学者ほど新発見への感度が高く、これほど新発見に飢えている人種は見当たりません(笑)。ヒッグス粒子が発見されて、あらためて次の時代の新発見とは何なのか? どこにあるのか? 知恵を集めて議論しなければならないと感じています」(寄田教授)

 鍵を握るのは、ヒックス粒子の観測を成功させた世界最高エネルギー加速器LHCでの素粒子実験だ。次に何を見せてくれるのか、世界中が注目している。LHC実験に参加できるのは世界でも指折りの研究チームだけだが、2010年から参入している早稲田チームは大きなチャンスを握っている。しかし、パラダイム変革期の今、次のパラダイムを開くような新発見が簡単にできるわけではない。研究所では、宇宙に充満する暗黒物質(ダークマター)といわれる謎の物質の解明を1つのターゲットとして、3つの実験を融合させる研究戦略でアプローチしていく計画だ(図2)。

 「我われのLHC実験のデータ取得・解析技術は成熟してきており、優位な統計量での新発見が大いに期待されます。その一方で、暗黒物質の直接探索を可能にする高感度検出器の開発を進めて、神岡鉱山での地下実験で感度評価を行う予定です。加えて国際宇宙ステーション(ISS)でのCALET実験を引き続き実施し、宇宙線加速源や暗黒物質探索に関する最新結果を出していきます。暗黒物質の探索で、加速器での生成探索、地下実験での直接探索、衛星実験での間接探索という3つの独立した実験からの結果を比較検討することで、本学独自の研究展開を図っていきます」(寄田教授)

図2 暗黒物質解明への3つの手法の融合アプローチ

 そもそも、加速器実験、地下実験、宇宙実験、どれもがビッグプロジェクトであり、1つの領域の実験を遂行するだけでも大事業である。これらを相互連携させて融合させるという試みは並大抵のことではない。3つのアプローチを同時に有する研究チームは世界でもまずないという。「これまでは考えられもしなかったこと」(寄田教授)を、早稲田のチームが切り開こうとしている。暗黒物質から、さらには「超対称性」「余剰次元」といった、標準模型を超えるまったく新しい物理現象の発見を目指していく。理論物理学者のバックアップもある。異領域の融合により、斬新な仮説に基づく新発見の可能性や、相互検証による高いレベルの信頼性や正当性の確保が期待される。

早稲田物理学の伝統と挑戦

 日本の主要な素粒子や宇宙の研究拠点は、東京大学、京都大学、東京工業大学、高エネルギー加速器研究所といった、国立大学と国の研究機関に集中している。その中で、私学としてこれらの拠点に伍す布陣を有する早稲田大学の存在は、異彩を放っている。

 「本学にはかつて、並木美喜男先生(故人)という、素粒子理論・量子理論で日本を代表する理論物理学者がおられ、理工学における数学・基礎物理学の重要さを説かれました。その後も、宇宙素粒子実験に用いる放射線検出装置の第一人者である道家忠義先生(故人)、近年では宇宙理論の前田恵一教授の活躍もあり、こうした先端的研究者の周囲に、優秀な若手研究者が集まってきたという経緯があります」(寄田教授)

 しかしこれまでは、教員たちはそれぞれの研究に孤軍奮闘し、連携するということがほとんどなかった。国立大学の場合、伝統的な講座制の名残もあり、同じ領域の教員が複数人いてプロジェクトチームを組んでいる場合が多いが、早稲田にはそうした体制はない。

 「教員が孤立しているからこそ、逆に連携のパワーに変えていけるのではないか。これまでも連携への気運はあったものの、それぞれに多忙を極めてなかなか進まなかったところを、今回の研究所の設置を契機として進めて行きたい。メンバーが40代の若手教員中心というのも強みです。本学ならではの面白い展開になるという予感があります」(寄田教授)

 専任の研究員も新たに2名採用した。その1人、駒宮幸男上級研究員(前・東京大学素粒子物理国際研究センター長・大学院教授)は、LHCをはじめとする素粒子実験の日本のトップリーダーとして活躍してきた。その高い知見と国際的ネットワークのもと、領域横断型研究の牽引役を担っていく。

 大学院生も含めて、若い研究者たちに国際的な活躍の場を与えていることも、早稲田チームの強みである。基礎物理学の新発見は、10年、20年がかりの大仕事である。パラダイム変革への挑戦が結実していく先を担う世代も活動に巻き込みながら、若いパワーが推進していく先端基礎物理学研究所の活動に期待が大きい――。