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早稲田評論

▼映画評

藤井 仁子/早稲田大学文学学術院准教授(文学部) 略歴はこちらから

血と転生
青山真治の『共喰い』

藤井 仁子/早稲田大学文学学術院准教授(文学部)

 青山真治ほど自分の映画が安易に見られてしまうということを挑発的に拒んできた作家はいない。代表作の『EUREKA』にしてからが217分という破格の上映時間といい、モノクロで撮影してカラー・ポジに焼くという特殊な撮影方法といい――当然、フィルムで見なければその真価は伝わらない――、映画を安全な消費の対象にしようとする者を決して寄せつけない種類のものだったが、上映できるものならしてみろといわんばかりのその攻撃的な姿勢は、『月の砂漠』の反時代的なスタンダード・サイズ、『エリ・エリ・レマ・サバクタニ』の鼓膜を破らんばかりの爆音へと一貫し、ついには意図せぬこととはいえ、文字どおりに見ることのできない未公開の怪作『こおろぎ』まで生んでしまった。これほどまでに青山は、ただ漫然と視線を向ければ映画は見えるはずだという世の弛緩しきった意識に真っ向から挑戦してきたのである。

 それが、どうも近年変わったようなのだ。むろん、志を曲げたなどということはあるはずもないが、『東京公園』での青山の、若いキャストとスタッフが現場を通じて成長していくのを促し、見守るというあり方には、年齢と経験を重ねた作家だけに訪れる境地を感じずにはいられない。そこによい芝居があればおのずと優れた画面が撮れるはずだという、〈現場〉そのものに対する信頼の深まりといえばいいだろうか。そこで作家のエゴは希薄化し、実際、青山の近作は透明さの度を増している――。

 その青山が、最新作『共喰い』を撮った。原作は田中慎弥による芥川賞受賞作。性と暴力、そして血と継承をめぐる物語は、いかにも青山に打ってつけに思われるが、映画としてのありようはこれまでの青山作品と大きく異なる。おそらく青山が、これほど風格ある「日本映画」を撮ったのは初めてのことではないだろうか。それはもちろん、否定しようもなく自分の体を流れる父の血をどうするかという、映画中の主人公の苦悩を描くなかで出てきてしまったことに違いない。主人公が迎える結末が単純な反復でも拒絶でもないように、ここで青山は、「日本映画」の伝統をたんなる反復ではないかたちで転生させることに成功していると思う。その典型的なあらわれがクライマックスで降る凄まじい雨だ。今日の映画の状況に照らして、それがどれほどの贅沢であるかは説明するまでもないだろう。確実に低予算で撮られた『共喰い』は、撮影所時代なら普通に許された雨降らしという最高の贅沢に向けてすべてが組織されており、そのためにかえってみすぼらしさの印象が入りこむ隙は皆無なのである。

 青山のこの新たな傑作については、荒井晴彦による瞠目すべき脚色や、田中裕子をはじめとする演技陣の素晴らしさとともに、これから長い時間をかけてじっくり論じられなければならないだろう。今はただ、102分という上映時間にただならぬ気配を感じながら、夏の公開まで大いに期待を熟成させていただきたい。

藤井 仁子(ふじい・じんし)/早稲田大学文学学術院准教授(文学部)

京都大学大学院人間・環境学研究科博士後期課程単位取得退学、立教大学文学部助手などを経て現職。専門は映画学、特に日本映画と現代アメリカ映画。映画評論家としても活動。
編著書に『入門・現代ハリウッド映画講義』(人文書院)、『甦る相米慎二』(共編、インスクリプト)、共訳書に『わたしは邪魔された――ニコラス・レイ映画講義録』(みすず書房)など。

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