教育を取り巻く現状や課題について考える「読売グローバル教育フォーラム」。第3回となる今回のテーマは、「次代のイノベーターを育むために ―「夢中」が新たな価値を創り出す―」です。社会がますます複雑化、多様化していくなか、世界に通用する新しい価値を創造するためにはどのような力が必要なのか。

第1部では、池野文昭先生による「イノベーションはチームプレー」、柳沢幸雄先生による「イノベーションの芽を育む社会とは」と題した基調講演が行われ、第2部では、SAPIX YOZEMI GROUP共同代表の髙宮敏郎氏がコーディネーターを務めるパネルディスカッションを実施。「イノベーションを生み出す環境」などをテーマに、数多くの有意義な視点や意見が提示されました。

講演者

7月2日(日/よみうり大手町ホール

主  催 : 読売新聞東京本社広告局  特別協賛 : SAPIX

講演者

医師/スタンフォード大学 日本版バイオデザイン
プログラム ディレクター ・ 循環器科主任研究員
   池野 文昭 氏

開成中学校 ・ 高等学校 校長
東京大学名誉教授/工学博士 
          柳沢 幸雄 氏

【コーディネーター】
SAPIX YOZEMI GROUP 共同代表 
        髙宮 敏郎 氏

基調講演1 「イノベーションはチームプレー」 医師/スタンフォード大学 日本版バイオデザイン プログラム ディレクター ・ 循環器科主任研究員 池野 文昭 氏

多様性を持つチームこそが、新たな解決策、価値を生み出す

池野 文昭 氏

「イノベーション」は、1911年にオーストリアの経済学者であるJ.A.シュンペーターによって定義された概念で、それまでとは異なる方法による新たな結合で経済発展をもたらすことをいいます。日本では「技術革新」と訳されがちですが、正しくは「新しい価値を生み出し社会を変えていくこと」で、革新的技術そのものを指すわけではありません。

 イノベーションを起こす方法には2種類あります。一つは、革新的技術を困っていることに応用するタイプ。もう一つは、困っていることを探し、それを解決するために技術を発明し、応用するタイプです。

 前者の技術を基点とする日本的スタイルは、必ずしも技術がニーズとマッチしないという弱点があります。たとえどれほど革新的な技術であっても、それを存分に生かす場が見つからなければ、残念ながら社会に価値をもたらすことはできません。

 近年、アメリカで主流となっているのは後者のデザインシンキングと呼ばれる、人を基点とする開発スタイルです。問題を見つけることから始め、自分たちのアイデアや技術を用いて解決策を見いだし、社会に価値をもたらす。重要なのは革新的な技術そのものではなく、それを「何のために使うか」なのです。

 社会に新たな価値をもたらすような問題を見つけ出すのは、実はそう簡単なことではありません。アップルの共同設立者であるスティーブ・ジョブズにこんな言葉があります。「多くの場合、人はそれを示されるまで自分が何を望んでいるのか気付いていない」。つまり、成功確率の高い、この世に無いものをつくり出すには、消費者もメーカーも気付いてないニーズや困っていることを、いかに見つけるかということです。顧客や作り手側が気付いていることはすでに競合他社が取り組んでいるはずです。重要なのはジョブスが言うように、顧客自身が気付いていない「欲しいもの」を感じ取り、先取りして作って目の前に出すこと。すると、「これが欲しかったのか」とみんなが飛びつく。つまり、潜在的なニーズをいかに見つけるのかが重要なのです。

 問題を見つけたとして、次に必要なのはそれをどうやって解決するのかというアイデア出しです。そこで用いられる手法の一つに、いわゆる「ブレーンストーミング」があります。社会がますます複雑になるなか、一人の思考にはおのずと限界があり、アイデアも限定されたものになります。しかし複数の人間がチームを組めば、自分が見えていないものがチームメートには見えている可能性があります。自分にはないアイデアをチームメートが出してくるかもしれません。解決策を見いだすアイデア出しには、ブレーンストーミングなどによるチームプレーが有効だといわれています。

 皆さんご存知の発明王トーマス・エジソン。孤高の天才によるひらめきが世界を変えたといわれています。しかし実際は、彼一人のひらめきによる発明ではなかったことがわかっています。エジソンは14人前後の共同研究者と研究を進め、その成果をトーマス・エジソンによる発明として発表していました。共同研究者たちはエジソンの知名度を生かして研究資金を得ながら、その知識を次々と別の分野に生かしていきました。発明王エジソンの周りには非常に有能なチームがいたわけで、チームで新しい発明をどんどん出してイノベーションを起こしてきたといわれています。

池野 文昭 氏

 それではどのようなチームを組めばいいのでしょうか。ある研究者のチームプロジェクトに関する分析によると、メンバーの専門性が異なり、多様性が高くなるほど失敗例が増えますが、同時に、ブレイクスルーするような成功例はその多様性の高いチームからしか生まれませんでした。この結果はイノベーションを起こすために重要な二つのポイントを示唆しています。一つは、失敗を恐れないこと。もう一つは、専門性やバックグラウンドが異なる人たちでチームを組むことです。

 社長は社員に向かってよくこう言います。「うちの会社からはさっぱりイノベーションが出ない。なぜ出ないのか。アメリカの会社のようにどんどんイノベーションをやれ。その代わり絶対に失敗するなよ」。失敗を避けるためには、たとえば技術者だけを集めて多様性が低いチームを組めばいいでしょう。そうすれば確かに失敗する可能性は少なくなります。しかしながら、メンバーの多様性が低いチームからは決してイノベーションは生まれません。

 世界的なIT企業やベンチャーキャピタルが集まるシリコンバレーでよく言われる言葉があります。「多く失敗しなさい。早く失敗しなさい。失敗のコスト単価を下げなさい」。まず、失敗することは怖いことではない、数多く失敗しなさい。つまりたくさんチャレンジしなさいということです。しかし、“fail fast”、失敗は早い段階でしなさいと。10年も取り組んでからやはり失敗でしたというのでは遅すぎます。スピード感は大事です。そしてそれと関連しますが、失敗のコスト単価を下げなさいと。重要なのは、“Learn from Failure!”。失敗から学ぶということです。失敗そのものが問題なのではなく、失敗から何を学ぶかが大事なのです。シリコンバレーでは失敗を責める声はほとんどありませんが、失敗から何を学んだかは必ず聞かれます。

 われわれスタンフォード大学の医療機器関連のデザインシンキング教育のバイオデザイン講座では、あえてバックグラウンドの異なる学生でチームを組ませます。たとえばエンジニア、医師、ビジネスマン、科学者で一つのチームを作ります。バックグラウンドが異なる人が意見をぶつけ合うことによって、潜在的なニーズや新たな問題を見つけ出し、その解決のために有効なアイデアを生み出す。まさにダイバーシティです。

 数人の学生チームによる工学部のデザイン思考の教育講座、d.schoolのプロジェクト事例を一つ紹介します。インドでは、新生児の約30万人が出生日に亡くなるという現実があり、専門家に聞くと、感染症が主な原因だとわかりました。そこで学生たちは現場に行き、状況を観察。そして、亡くなっていく赤ちゃんの多くが、体温低下を起こしていることを見抜き、「生死を分けるのは体温ではないか」ということに気付いたのです。体温が下がることで免疫機能が低下し、髄膜炎や肺炎になってします。それならば、出生直後から身体を温めて体温を上げてやればいいのではないかと。しかし新生児の多くは、病院ではなく診療所や自宅で産まれます。高価な医療機器など誰も買えませんし、そもそも多くの地域では電気さえ通っていない。そこで彼らは、安価な寝袋と、保温をもたらす簡単な湯たんぽのような道具を使って、新生児の身体を温めることを考えたのです。次に学生たちはそれを普及させる方法を考えます。NGO、NPO、そして政府を巻き込んで教育を浸透させ、普及させていきました。イノベーションは技術の発明だけで終わるのではなく、それを実行して普及させるところまで考えなければいけません。そこまで考えることを教えるのがスタンフォード大学の実学教育です。インドだけでなく恵まれない地域の年間3万人を超える未熟児の命が彼らのアイデアで救われました。どこにでもいるような20代の学生たちのプロジェクトが、実際に世界を変えていくのです。

 イノベーションの手法として大事なのは、コラボレーション、そしてチームワークです。社会のニーズが多様化するなかで、できるだけバックグラウンドが違う人がぶつかり合うことによって、新しい問題を発見し、その問題の解決に有効な新たなアイデアを創造することができる。そう考えて、私たちスタンフォード大学ではイノベーションをテーマにした講座ではチーム学習に力を入れています。

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基調講演2 「イノベーションの芽を育む社会とは」 開成中学校・高等学校 校長/東京大学名誉教授/工学博士 柳沢 幸雄 氏

前例重視の“空気”を打破し、技術がもたらす未来を考える

柳沢 幸雄 氏

 皆さん、野茂英雄という投手を覚えていますか。1990年の近鉄入団の初年度から素晴らしい成績を残し、1995年に渡米後も2度のノーヒットノーランを達成するなど大活躍したプロ野球選手です。

 ここで皆さんに質問します。野茂選手が素晴らしい野球選手だったと思う方、手を挙げてください。ほとんど全員の方の手が挙がりました。では野茂選手が、日本人選手のメジャーリーグへの道を切り開いた挑戦者、開拓者だったと思う方。これもほぼ全員の手が挙がりました。確かに彼は素晴らしい野球選手であり、開拓者だったと思います。しかし彼がメジャー挑戦を表明したとき、待っていたのは応援ではなく、激しいバッシングでした。なぜバッシングが起き、そして何を境にそれが賞賛へと変わったのでしょう。

 その分岐点は、野茂投手のアメリカでの活躍をたたえる声が少しずつ大きくなり、その意見が大勢を占めたときでした。私は東京大学とハーバード大学で教鞭を執った経験がありますが、こちらが何か質問をすると、アメリカの学生は発言する機会を待っていたと言わんばかりに前のめりになります。一方、日本の学生はというと、まず周りの様子をうかがいます。何か事が起きて対応を迫られると、まずは様子をうかがう。これは日本ではよく見られる行動です。野茂選手が渡米することを決めたとき、多くのマスコミやプロ野球界は「態度が悪い」「生意気だ」「メジャーで通用するわけがない」と、激しいバッシングを浴びせました。もし野茂選手の挑戦が失敗に終わっていたなら、「それ見ろ、評論家たちの言ったとおりになったじゃないか」と言われていたことでしょう。ところが野茂選手は、初年度から活躍し、ドクターKと呼ばれるほど三振を取り、オールスターでは先発を果たします。すると、誰かが「いいね、すごいね」と言い始める。そして、そういう意見が大勢を占めたとき、賞賛の嵐が起きるのです。

 これはつまり、そういう“空気”になったということです。“空気”を読むのは日本文化のようなもので、鋭い社会洞察で知られる評論家の故・山本七平さんも、著書『空気の研究』のなかで、「議場のあのときの空気からいって…」「あの頃の社会全体の空気も知らずに批判されても…」「その場の空気も知らずに偉そうなこと言うな」などの例を挙げながら、「何かの最終的決定者は『人ではなく空気』である」と指摘しています。最近は、「忖度(そんたく)」という言葉もよく耳にしますが、同じような意味合いでしょう。

 ではこの“空気”といわれるものの源はどこにあるのか。探っていくと、こういう言葉にぶつかりました。「和(やわ)らぎをもって貴しとなし、忤(さから)うこと無きを宗とせよ」。これは聖徳太子が定めたといわれる十七条の憲法の第一条のごくごく前半部分です。ここだけ読むと、場に合わせることが最大の美徳であり、最良の処世術であるとも受け止められます。しかし第一条の後半には、「上の者も下の者も協調・親睦の気持ちをもって論議するなら、おのずからものごとの道理にかない、どんなことにも成就するものだ」と書かれています。よく議論して合意点を見つけなさいということで、これは民主主義そのものです。しかし残念ながら私たちの頭の中には、第一条の前半のワンフレーズだけしか記憶されていません。

 日本の気分的な文化かもしれない“空気”というものとイノベーションの関係について考えてみましょう。物事の決定がその場の“空気”によって支配されるとしたら、イノベーターたちの挑戦はいったいどのような扱いを受けるのか、野茂選手を例に挙げました。今は、卓球や将棋など、さまざまな分野で10代前半の若者が台頭し、その評価がすぐに大勢を占める良い時代になりつつありますが、昔の挑戦者たちは自分のチャレンジが賞賛される状況、つまりそういう“空気”になるまでの間、苦しい状況に置かれました。

 日本人は、技術力はあっても創造力が足りないからイノベーションには向かないと指摘する人がいますが、私はそうは思いません。日本人は実に創造力に富んでいます。例えば1999年、NTTドコモがiモードを開発しました。携帯電話機で文字を送ることができる世界初の技術で、米アップルがスマートフォンを発売する8年も前のことです。しかし、国際規格にはなれず、日本だけでガラパゴス化してしまいました。戦前の1925年に開発された八木・宇田アンテナもそうです。広範囲に電波を発信できるレーダー性能と遠距離からの電波受信が可能なこのアンテナ。国内では見向きもされなかった一方、アメリカ、イギリス、ドイツなどはこの発明に注目し、戦闘機などに幅広く転用しました。しかし当の日本はレーダー技術の転用に遅れをとり、結果、レーダー性能を向上させた英米軍によって、ミッドウェー海戦で日本軍は壊滅的な打撃を受けます。日本人が生んだ技術によって、日本は負けたのです。この戦いが太平洋戦争の転換点になったことはよく知られています。

柳沢 幸雄 氏

 私自身の事例もご紹介しましょう。環境学の研究を行ってきた私は、ある発明で特許を取っています。枯渇性の資源であるリンの回収・再利用技術です。リンというのは植物の三大栄養素の一つで、植物の実を太らせる栄養素です。鳥のふんが堆積したリン鉱石から採るのですが、いずれは枯渇することが予想されます。一方、われわれは植物を食べるので、排泄物の中にリンがたくさん含まれています。それをそのまま流すと海を汚しますし、栄養分なので海中のプランクトンが増殖して赤潮や青潮が発生する要因にもなります。ですからリンを回収して、再び植物の肥料として再利用するのは本来、望ましいことのはずです。そこで、私は廃棄物であるコンクリートスラッジを原料として環境汚染物質であるリンを回収する技術を共同開発しました。その技術についていろいろな会社に説明に行くと、皆さん「いいね」と言います。じゃあ採用となるかといえば、会社で検討された結果として立ち消えになります。日本人はたとえそれが画期的な新しい技術でも、すぐには評価しません。ちなみに私の発明はタイと南アフリカで事業が始まっており、その様子を見てから逆輸入されることになるのだろうと思います。

 日本人が創造力を持って開発した世界初の画期的な発明はいくらでもあります。しかし、それらの多くは世界を巻き込むまで普及させることはできませんでした。なぜイノベーティブなものを育てられなかったのか。それは、われわれ日本人には、見慣れないものや新しい概念に対する警戒心が強いからでしょう。警戒感のようなものを皆が持っていて、評価が大勢を占める“空気”になるまで、サイレントマジョリティになって待っているのです。

 もしそうであるなら、「イノベーションの芽を育む」ためにはどうすれば良いのか。イノベーターと、“空気”が出来上がるまでのギャップを埋める努力をしなければなりません。しかし、イノベーションが賞賛される“空気”になるまでに、立ち枯れてしまうものが数多くあります。またその多くは、前例がないことが大きな壁になっています。特に制度、概念、仕組みなど具体的な形を伴わないものはそのケースが多く、まずはそうした壁を取り払わなければなりません。

 1990年代の日本には、銀行を中心に時価総額の大きな会社がたくさんありました。しかし、2016年の世界トップ25には日本の企業は1社も入っていません。アップル、グーグル、マイクロソフトのようなIT関連の新しい会社が上位を占め、世界の経済を席巻しています。まずはこの現状を認識する必要があります。そのうえで、私はこのように言いたい。「決定権のある皆さん、前例に固執してイノベーションを無視するのではなく、その技術がもたらす未来を考えようではありませんか」と。イノベーションとは、「個人の資質」ではなく、「社会の許容度」の問題なのです。

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