パネルディスカッション 「次世代のイノベーターを育むために」

夢中になるものを見つけることが、イノベーターへの第一歩

【Theme.1】 イノベーションに必要なものとは?

講演者
【パネリスト】
医師/スタンフォード大学 日本版バイオデザイン
プログラム ディレクター ・ 循環器科主任研究員
  池野 文昭 氏

開成中学校 ・ 高等学校 校長
東京大学名誉教授/工学博士 
         柳沢 幸雄 氏

【コーディネーター】
SAPIX YOZEMI GROUP 共同代表 
       髙宮 敏郎 氏

髙宮 池野先生、柳沢先生、ご講演ありがとうございました。まず池野先生にお伺いしたいのですが、スタンフォード大学では技術中心ではなく人中心の考え方で新しいものを生み出すイノベーション教育を行っているとのことですが、どのような経緯でそうしたプログラムが生まれたのか、お話しいただけますか。

池野 1960年代から70年代にかけて日本は驚異的な経済成長を成し遂げましたが、その理由を探るため、スタンフォード大学では70年代前半に一つのセンターを京都に立ち上げました。これは、シリコンバレーで人から聞いた話ですので、真偽は、正直わからないのですが、当時の日本をいろいろ調査していくと、浜松の小さな町工場から始めて、わずかな期間で世界一の自動車メーカーをつくりあげた人間がいるということが分かりました。それが本田宗一郎です。そこで、どんなやり方をしているのかと視察に行くと、若手のエンジニアがよその組立現場に行き、観察して戻ってくる。その後、ああでもないこうでもないと三日三晩議論しているうちに何か新しいものが生まれていると言うのです。その考え方がスタンフォードの人中心の「デザインシンキング」に多少なりとも影響を与えたのではないかという話を以前聞いたことがあります。もし、それが事実ならば、現在、米国の真骨頂と言われている「デザインシンキング」が、昔の日本でも出来ていたことになります。
 特に近年は社会の仕組みが複雑になり、専門分野の縦割り的思考では問題の解決策が生み出せない事情があります。例えば医学と人文学のような一見離れているように見える分野の融合が、当たり前のように行われ、縦割りではなく、そこに“横串”を刺す必要があります。そのためにはチームワークが有効に働くということ、問題解決にはテクノロジープッシュではなくデザインシンキングのほうが効果的ということで、現在はそのような教育が中心になりました。

髙宮 柳沢先生も環境の研究をされていますが、やはり他の専門分野との連携の必要だと感じますか。

柳沢 私が大学院時代に行っていたのは、「空気の汚れが人の健康にどう影響を及ぼすか」という研究でした。汚染物質を人が1日にどれぐらい吸っているかが分かる測定装置を作り、これが私の最初の特許になりました。その過程では、汚染物質の健康への影響を調べる必要があったのですが、私は工学部にいたので、医学部の人とはなかなか縁がありませんでした。他大学の公衆衛生学の先生と知り合うことができて研究は前に進みましたが、専門外だった医学の専門家との連携は不可欠でした。近年の社会の動きを見ると、違う分野と連携する流れはますます加速していくのではないでしょうか。

髙宮 池野先生、いろいろな学問分野の人が集まるプロジェクトには「○○デザイン」という名前が付くようですが、先生のところはなぜメディカルデザインではなく「バイオデザイン」という名前なのでしょうか。

池野 それは「バイオX(エックス)」というプロジェクトがスタートだったからです。スタンフォード大学の医学部と工学部はすぐ隣どうしにあるのですが、見えない壁のようなものがあって、ほとんど交流がありませんでした。社会がより複雑化しているのに、縦割りの専門教育、研究だけでは、大学が社会の要求に応えられないという危機感から、横串を刺す学際的な教育、研究が必要になってきました。そこで、スタンフォード大学の元教授であり、その後、事業を興し成功した資産家から「医学部と工学部の垣根を超えるプロジェクトに9000万ドルの資金を使用して欲しい」ということで、「バイオX」というプロジェクトが立ち上がりました。そこで、まずは人が集まる仕組みを作ろうということになりました。両学部の学生がお互いの妙なプライドを捨て、気兼ねなく談話したりくつろいだりしていううちに、何か生まれるだろうと。そして最初につくったのが食堂です。多くの人が集まる食堂ができ、やがてそれに付随する形で世界最先端の研究施設ができました。「バイオX」の「X」には何が入ってもいいのです。そのプロジェクトの一つとして、デザインシンキングを教えるのでバイオデザインという名前になりました。

【Theme.2】 日米の違い、ハーバードとスタンフォードの違いは何か

講演者

髙宮 アメリカはイノベーションが進んでいる印象がありますが、日米の違いはどこにあるのでしょうか。『ベンチャー白書2016』(一般財団法人ベンチャーエンタープライズセンター)によると、ベンチャー投資の実行額はアメリカの7兆円に対して日本は2000億円程度とかなり差があります。池野先生はベンチャーキャピタルの仕事もされていますが、この数字をどうお考えになりますか。

池野 卵が先かニワトリが先かの議論になるかもしれませんが、アメリカには質の高いベンチャー企業がたくさんあります。実は、アメリカで大企業といわれている企業の多くは、自社内でイノベーションをしていません。ベンチャーではい上がってきた質の高いイノベーティブな企業を買収することで自社内に取り込み、それをブラッシュアップして全世界に展開していく。いわゆる企業のエコシステムができていて、ベンチャーが存在しないことなど考えられない社会システムになっています。一方、日本は自前主義で、すべて自社内で調達しようとします。アメリカはオープンイノベーションがすごく盛んで、企業買収を繰り返して大きくなってきましたが、日本は逆に、クローズドイノベーションで成長してきた。つまり自社内で作ったものだけで大きくしようとしてきました。

髙宮 柳沢校長先生は日本のメーカーにいらっしゃったことがありますが、今のお話を聞いていかがですか。

柳沢 ベンチャーキャピタルの視点で考えると、どのベンチャー企業に投資をするのか、最後に決めるのは責任者1人です。空気で決めるわけにはいきません。責任の所在は明確で、決断した者は結果に責任を負うことになります。そうしたベンチャーキャピタルのスタイルが、日本の企業風土と相いれない面もあるかもしれません。

髙宮 池野先生は日米のベンチャー企業のプレゼンテーションをご覧になって、両者に何か違いを感じますか。

池野 明らかに違いますね。アメリカのベンチャーは、プレゼン資料の最初の3枚に目的を示します。例えば医療機器のプレゼンであれば、「お腹が痛いという患者がいる。なぜ痛いのか、それはこういう理由でこういう病気があるからだ。だからわれわれはこの病気を治すために、この技術を使って、この機器を作った」と、ストーリーが明確です。これが日本の場合は、「うちにはこのコア技術がある。だからこの技術をこう使って、この病気を治したい」という順番になります。まず、自社の技術の説明から入るのです。ベンチャーキャピタリストは技術に詳しい人ばかりでありませんし、忙しい人が多いので、最初の2~3枚で勝負がつきます。まさに人中心か技術中心かが如実に表れています。

髙宮 非常に腑に落ちるお話ですね。われわれもいろいろな会社からプレゼンをしていただく機会があるのですが、出てくるのはスペックの話ばかりです。「ではそれを使ってわれわれは何ができるのか」と聞くと、なかなか返答いただけない。技術中心の考え方が表れた場面といえるかもしれません。
 もう一つ、先ほどのベンチャー投資の実行額と関連したデータで、3000万ドル(約33億円)以上の資産を持っている資産家を輩出した大学のランキングがあります。1位は柳沢先生が教鞭を執られていたハーバード大学で、スタンフォード大学は5位。次にその資産家1人当たり、どれぐらいの資産があるのか金額で見ると、今度はスタンフォード大学がトップになっています。

池野 両大学のキャラクターの違いが分かるデータですね。例えばスタンフォード大学の起業家育成講座の授業で、アップルやグーグルに就職したい人は手を挙げてと言っても、「ふんっ」という感じでほとんど手が挙がりません。では、アップルやグーグルのように世界を変えるようなベンチャーをつくりたい人は手を挙げてと言ったら、ほぼ全員が手を挙げます。彼らは大企業に就職したいのではなく、自分で会社を起こしたいのです。ベンチャーの成功確率は数%以下ともいわれていて、成功する人は多くはありません。しかし一度成功すると、とんでもない金額が入ってきます。

高宮 また、このデータで面白いなと思ったのは、アメリカの大学を出た資産家の23%が海外出身ということです。

池野 スタンフォード大学でも、学生はさまざまな国から集まってきます。実はシリコンバレーのベンチャーのCEOの50%以上が海外生まれです。なぜ外国から来るかというと、私もそうかもしれませんが、ハングリーなんですよね。母国でどこか虐げられていて、アメリカで一発当ててやるぞという思いがある。そういう思いが強い人ほど成功している気がします。

髙宮 日米の違いということでは、大学の研究室の仕組みも随分違うようですね。

柳沢 ハーバードでは、自身の研究が直接、評価の対象になります。例えば大学からの給料を仮に10万ドルだとすると、「あなたは教育のために20%時間を使っているから2万ドルは払う。残りの80%の時間は研究をしているのだから、研究提案をして自分の給料を稼ぎなさい」となります。そのためいろいろなところに研究提案をして、理解を示してくれた研究助成財団から資金を得て、研究をすることになるのです。そして、いいアイデアをたくさん持っていれば、スタッフを雇って研究の幅を広げることもできます。無駄な仕事をせず、研究に没頭できる環境です。日本の大学の研究室と比べると、イノベーションを生み出す土壌としての違いは大きいですね。

【Theme.3】 イノベーターを育むためにはどうすればいいか

髙宮 敏郎 氏

【コーディネーター】
SAPIX YOZEMI GROUP 共同代表

髙宮 敏郎 氏

髙宮 ある人材会社が33か国の労働者に、起業に関するアンケート調査を実施したところ、「起業したくない」という答えがいちばん多かったのは日本だったそうです。柳沢校長先生の“空気”のお話に通じるものがあるようにも思いますが、この数字を聞いてどのような感想をお持ちですか。

柳沢 年齢層によってかなり違うのではないでしょうか。私は中学・高校の校長をしていますが、日本の高校生は世界一だと思っています。それだけの教育を受けており、十分な知識も能力も持っています。しかしながら、会社に入って数年たってからの調査であれば、こういう結果が出ても不思議ではありません。なぜかというと、若者は賢いからです。つまり、日本の社会がそういう若者を求めているということです。会議で余計なことを言って“出る杭”にならない、そういう空気に自分を染めていく。状況を見る目がある故に、起業したくないとなるのでしょう。高校生に聞けば、こんな結果にはならないはずです。

池野 シリコンバレーで有名な話があって、世の中を変えてしまうようなイノベーティブを起こす人には三つの要素があると。一つは「若者」。これは社会常識がないことが逆に新しい発想の根拠となり得るということです。次が「よそ者」。これははっきり数字に出ています。やはりハングリーということでしょうか。最後に「馬鹿者」。これはIQが低いという意味ではなく、常識にとらわれずに行動に移すとか、柳沢先生のおっしゃる“空気”を読めない、読まないということもそうでしょう。そういう人たちが革命を起こしているということです。日本には若者はいますが、「よそ者」はいません。みんな頭が良いので「馬鹿者」もいない。三つの要素のうち二つが欠けています。

髙宮 空気を読まない、いわゆる「KY」は美徳でもあると。

池野 私はアメリカから帰国して成田空港を通るとスイッチを切り替えて、よく空気を読む素晴らしい企業人として振る舞います(笑)。サンフランシスコに戻った途端にまたスイッチを切り替えて、思ったことは何でも言います。アメリカでも社交の場では空気を読むことはものすごく重要です。しかしディスカッションや仕事の場では、みんな日本で言う「KY」ですね。

高宮 ここでもう一つ、新規開業者の平均年齢がこの25年で38.9歳から42.5歳に上がり、29歳以下の開業者は半分以下になったというデータがあります。そんな中、開成高校では近年、海外大学進学者が非常に増加しています。開成では何が起こっているのでしょうか?

柳沢 私が校長に就任したのが2011年で、その年の6月ごろ、東大に進学したばかりの卒業生がやってきて、「先生、僕は東大をやめて来年ハーバードを受けます」と言うのです。彼は東大に入学した後、しばらくしてボストンに行き、ハーバード大学前の英会話学校に通っていました。そこでハーバードの学生と親しくなり、彼らの活発で晴れ晴れとした姿にあこがれを持ったそうです。しかし私は、今は東大でハーバードの学生と同じ量(週60時間)の勉強をして、大学院から自分の希望する道へ進みなさいと言いました。そして、実際に彼は在学中にその勉強量をこなし、今はプリンストン大学の博士課程で研究をしています。開成は縦のつながりも強いですから、彼がそれを後輩たちに話したところ、10人くらいの生徒が私のところにやってきて、「僕たちもハーバードに行きます」と言いました。そこから、受け皿として国際交流委員会を設置し、徐々に海外大学進学者が増えているという状況です。

髙宮 私たちもYGCという海外進学プロジェクトをスタートさせ、海外の大学進学を目指す生徒たちをサポートしています。積極的に世界に出ていくこともイノベーションに通じる力を身につける一つの方法だと思いますが、そのほかに、大切だとお感じになられることはありますか。

柳沢 子どもたちが何に夢中になっているか、何に時間を忘れて没頭しているかを保護者の方はよく観察していただければと思います。没頭していることは好きなことです。人が満足して生きるためには、好きな分野を見つけることが大切です。好きな分野は、その子が持っている潜在力を引き出します。そこを伸ばしてあげることが大切だと思います。

髙宮 夢中になって考えることは、新しいアイデアを生むことにもつながるかもしれません。池野先生はいかがですか。

池野 自分が本当に好きなことは、時間など気にせずにずっとやっていたいと思うはずです。そうすると必ず伸びます。そういうものを見つけることが大事だと思います。夢中になる。それが一番のエネルギーの源だと思います。

髙宮 ありがとうございます。最後に、次代のイノベーターを育むために、保護者の方へ一言ずつメッセージをお願いします。

池野 夢中になるものが見つからなければ、それを探す努力も必要かもしれません。子どもたちにいろいろな経験をさせて、夢中になることを見つけるサポートをしていただければと思います。

柳沢 日本の中・高の教育は本当に素晴らしいものがあります。優秀な高校卒業生たちのイノベーターとしての萌芽(ほうが)を、“空気”に染まる前にいかに早く支えてあげるか。それができるのは大人だけです。次代のイノベーターを育てる、その第一の責任は大人にあると思います。

髙宮 先生方、本日は貴重なご提言をありがとうございました。

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