パネルディスカッション AIに代替されない能力を育む~中学・高校に求められるこれからの教育~

【Theme.1】「リーディングスキルテスト」の結果発表

パネルディスカッションAIには無い人間の力を育む環境について活発に意見が交わされた。

髙宮 新井先生、柳沢先生、本日は貴重な講演をありがとうございました。また、ご来場の皆さまにおかれましては、聴講前の「リーディングスキルテスト」にもご参加いただき、本当にお疲れさまでした。テスト中の会場の静けさに、皆さんの緊張が私にも伝わってきました。テストの解答用紙は、バイク便で代々木ゼミナール本部に運び、採点と集計を行いました。まずはその結果をお伝えしたいと思います。ほとんどの問題が6割以上(最高は85.1%)の正答率ということで、まずまずの結果といえるでしょうか。

新井 そうですね。人間には“うっかり”があるので、読み落としや勘違いを考慮して、80~85%の正答率が妥当だと思っています。

髙宮 全6問のなかでは、「~ように」「~ような」などのことばを使ってたとえる“直喩”が用いられている文章を選ぶ問題の正答率が悪く、14.7%の方しか解けませんでした。

新井 今回は、ステージ上のスクリーンに問題を映す都合上、1問あたりの制限時間が30秒と短かったため、時間が足りなかったのかもしれません。実は“たとえる”という概念はAIにはないので、これは東ロボくんには絶対に解けない問題です。正解した方は、AIにはない能力を持っているといえますね。

【Theme.2】AIが人間を超える時代は来るのか

【コーディネーター】SAPIX YOZEMI GROUP 共同代表髙宮 敏郎 氏

髙宮 AIが人間の能力を超えてしまい、人類がAIを制御できなくなる、いわゆる「シンギュラリティ」(技術的特異点=2045年になれば、全人類の知能を合わせたよりも優れたAIが出現するという説)が話題になっています。新井先生は、著書『コンピュータが仕事を奪う』(2010年発行)でこのことについていち早く警鐘を鳴らしていましたが、まずはその詳細について簡単に教えていただけますか。

新井 専門家の間でも定義が分かれていて、「全人類の脳細胞の総和よりも多いチップを搭載したAIが開発される」と、脳の神経伝達細胞であるニューロンの数から比較する説を提唱する学者もいれば、「自主的な再生産を行うコンピュータープログラムが登場する」という人もいます。いずれにしても「2045年になれば、全人類の知能を合わせたよりも優れたAIが出現する」という提唱です。

髙宮 その意見について、新井先生は賛成ですか、反対ですか。

新井 間違っていると思います。まず、全人類の脳細胞の総和といいますが、知能は足すだけで優れた結果が出るものではありません。脳の仕組みについても、実験で解明されているのは言語を持たないネズミレベル。人間の脳についてすべてがわかっているわけではない状況で、「人間の知能を超える」といわれても、賛同できかねます。

髙宮 柳沢先生は、先ほど「AIには判断ができない」とお話されていましたが、シンギュラリティについてはどのような意見をお持ちですか。

柳沢 私も反対です。人間のニューラルネットワーク(神経回路)は成長に伴う経験を土台として構築されていきます。その過程のなかで、倫理観や価値観、感情といったものも育まれるのです。完成された神経回路だけをまねしてみても、それがつくられるまでのプロセスをも反映させたAIを生み出すことは不可能でしょうね。

【Theme.3】人工知能の苦手分野とは

髙宮 東ロボくんも、社会科では「倫理政経」がいちばん苦手と聞いていますが。

新井 はい。「現代社会」は早々に諦めました。年号や思想家の名前といった暗記事項はまったく問題なかったのですが、「民主主義の良さにはどんなことがあるのか」というような、「なぜ?」「どうして?」を考える問題につまずくのです。

髙宮 教科書には、暗黙のうちに理解できる要素は書かれていないので、そういうところが盲点になるんでしょうか。

新井 そうなんです。たとえば「雨なのに傘がないと困る」「運動会だから雨は嫌だ」という、人間には自然に通じることが理解できません。データを応用する概念もないので、「(中国の三国時代の)曹丕(そうひ)は魏王・曹操の子」という情報があるにもかかわらず、「魏の初代皇帝となった曹丕の父は誰か」という問いが解けない。「Aの子がBならば、Bの父はA」ということが、東ロボくんには分からないのです。

髙宮 こうして聞いていると、「AIって、大したことはない」と思われますよね。でも、新井先生は、いち早く「現在の仕事の半分はAIに奪われる」と予言されていますし、野村総研も昨年同様の推計結果を公表しました。シンギュラリティが実現しなくても、かなりの仕事がAIに奪われることは確実だと。それに対応するために、中高ではどんな力をつけるべきでしょうか。

柳沢 与えられた状況のなかで、相対的に良いものを選んでいく能力、すなわち“生活力”であると私は考えます。たとえば、パンが主食の国に行き、ご飯が恋しくなるとします。そこで「日本が恋しい」と嘆くのではなく、「同じパンでもこれはおいしい」と視点を変えることができる。そういうことが生き残る力になると思います。

新井 AIの研究では「フレーム」という言葉が使われます。囲碁やボードゲームには、絶対的なルールや定められたゴールという枠組み(フレーム)が決まっています。このようにフレームが決まっている分野こそ、AIは得意としています。ところが、AIはフレームを超えた判断ができません。先端技術の自動運転システムを例に挙げてみましょう。道路を運転するために必要な情報をインプットすれば、AIに人間よりも上手な運転をさせることは十分可能です。ただし、車の運転で最も重要な“とっさの判断”をさせることは極めて困難。たとえば、対向車のドライバーが手でサインを送ってきたのを見て、前方に危険があることを知るというようなことはAIにはできません。そんな瞬時の判断がAIにはできないのです。フレームの枠を飛び出して“機転を利かせる”ことができるのも人間らしさなのだと思います。

【Theme.4】中学・高校でやっておくべきこと

髙宮 枠組みを超えて判断できるかが、AIと人間の大きな違いということですね。フレームを超える経験の一つが、学校での課外活動ではないかと思いますが、開成中高ではどのような行事が当てはまりますか。

柳沢 運動会や文化祭などの学校行事だと思います。たとえば運動会は、力を合わせて競い合うだけの行事ではなく、生徒が主体となり1年かけて準備を行います。つまり、多様な意見を出し合いながらまとめあげる、一大プロジェクトといえるでしょう。本校は部活動も活発で、同好会を含めると70以上の部がありますが、どうしても価値観が似た者の集まりになります。好きなものに打ち込み、縦横の人間関係を構築する場として部活は良いのですが、多様性のある意見をぶつけ合う生徒会活動や学校行事の運営のほうが、フレームを飛び出して考える力はつくと思います。

髙宮 実はお二人は、学生時代に文化祭の実行委員長を務めたという、共通の経験をお持ちでした。その経験がキャリアを築く過程で生かされたということはありますか。

新井 もし、社会に“文化祭実行委員長”という職業があれば、私にとって最高の適職だと確信するぐらいに、やりがいを感じました。その貴重な経験は、仕事のうえでは大きな土台となっていて、東ロボくんプロジェクトにおいても、スタッフ全員の働くメリットを満たしつつ、それぞれの能力を最大限に発揮できるような采配を振ることに役立ったと感じています。

柳沢 私は高1で副委員長、高2で委員長を務めました。副委員長のときには誰よりも動き回って働いていたのですが、委員長がそれをやっていては組織が回らないことに気づきました。リーダーの役目は「きちんと人に仕事を割り振る」ことなのです。結果、自分が動く仕事がなくなったとしても、全体を見渡すことを第一に考えなくてはなりません。開成での6年間のうち、この経験が最もためになったといっても過言はありません。これまでさまざまな職場で組織をつくってきましたが、「動かないことの後ろめたさ」を感じることは一切なくなりましたからね。

髙宮 中高生らしく、学校生活を送ることが大切ということですね。開成をはじめ、時代に迎合せずに建学の精神を貫く伝統校が見直されているのも、この辺りに理由がありそうです。将来の進路を見定めるためには、中高時代は幅広いことに興味を持つことが必要なのでしょうか。

柳沢 むしろ逆で、中高時代には「これがいちばん好きだ」という、何か一つ突出したものを追究していく姿勢が大切だと私は考えています。運動でも趣味でもいいので、好きなものや得意な分野に、より深く関わって行こうとすると自分に足りないもの、補うべきものが見えてくるからです。それが学ぶ意欲になり、そのうえで学んだことは確実に力になるはずです。

髙宮 そのような6年間の結果として進学状況を拝見すると、東大への進学実績の高さはいうまでもなく、海外大学の名前も目立ちますね。海外大学の進学を考えるとき、ハーバードやイェールといったいわゆる総合大学と、小規模で寮制が特徴のリベラルアーツ・カレッジの名前が挙がっていますが、両者の違いについてご説明いただけますか。

柳沢 日本では「東大」というナンバー1がある“富士山型”で大学が語られがちですが、アメリカはいろいろな分野で最高となる大学が違う“八ヶ岳型”です。また教育についての意識もまったく異なり、リベラルアーツ・カレッジでは、大学1・2年の専攻分野を決めるタイミングで、教授陣がきめ細かくサポートします。日本でこの形式を採っているのは東大の教養学部ですが、アドバイスしてくれるはずの教授とのコンタクトが非常に少ないのです。研究や教育の経験者である教授陣が、もっと親身になって学生の相談に乗ってくれる環境が整うことを、切に希望しています。また、学生が描いている将来像によっても変わってきます。学部卒でビジネスで活躍しようと思うなら、優秀なクラスメートとの人脈が築ける総合大学を、大学院を経て研究分野に進もうと思うなら、小規模の環境で専門性を見極めながら学べるリベラルアーツ・カレッジを薦めます。そして専門分野に適した大学院で研究を始めるのがいいと思います。

新井 日本では、わが子をどの大学に入れるかが肝心で、「ハーバードやスタンフォードに入れたら大成功」と思うでしょうが、アメリカでは入った後からが勝負なのです。専攻が理工系なら、大学院に進学することも前提となるでしょう。私はアメリカのイリノイ大学に留学しましたが、寮生活で他の学生と支え合い、刺激を受けながら、真面目に勉強した結果、“オールA”の成績を修めて複数の大学院から奨学金での入学を許可されました。結局、イリノイ大学の修士・博士課程を選択しましたが、アメリカでは大学と大学院が異なるというキャリアは非常に一般的です。競争が激しいアイビー・リーグ(アメリカの名門私立大学8校の総称)に入学して、自信を失うよりも、小規模な大学に入り、豊かな4年間を過ごして、大学院はより高みをめざすという選択もあると思います。

【Theme.5】家族の楽しい会話が子どもの社会性を育む

髙宮 では最後に、子育てで心がけたいことについて聞かせてください。

新井 家族の会話を楽しむことでしょうか。わが家は共働きなのですが、電子レンジがありません。冷めたものを食べたくなければ、家族そろって食事をするしかないというわけです。新聞もテレビも一つだけ。新聞は回し読み、テレビも一緒に見るので、家にいるだけで、おのずと会話が増えていきます。もう一つ、電子レンジを使わない理由は、きちんと作った料理ほど、温め直すとおいしくないからです。便利だからと使い続けていると、いつしか「こんなもの」と慣れてしまうのが怖いのです。匂いや味の違いを見極めることができるのも、生物としての大切な感覚です。AIに打ち勝つための力は結局、動物としての人間力です。五感を鍛えることも、その基盤になるのではないでしょうか。

髙宮 先ほどの「リーディングスキルテスト」の結果で、何か優位性を示す“日ごろの習慣”のようなものはわかっているのでしょうか。

新井 はい。実は、男女差や、学習塾に通っているか、読書が好きかということでは、差がなかったのですが、一つだけ“新聞を読んでいるか”という点では優位性が認められました。

髙宮 SAPIX YOZEMI GROUPとしてはやや残念な結果ですが(笑)、なるほど新聞ですか。新聞を読んで親子で会話できるような、家族の時間をつくるようにしたいものですね。

柳沢 「3歳までに身の回りで使われていたことばで子どもの“母国語”が決まる」といわれていることからもわかるように、話す能力は幼少期からの会話で養われます。子どもにとって、家庭で過ごす時間はとても長いもの。家族の会話が多ければ多いほど、語彙力や考えをまとめる能力が蓄積されていきます。ポイントは親が1、子が2の割合で話すこと。上手に合いの手を入れてあげれば、子どもは本当によくしゃべります。意思を伝えられる子は、意味を考えて読むことも、聞くこともできるものです。そのような子どもは、新井先生が考案された「リーディングスキルテスト」で、嘆かわしい成績をとることはないはずです(笑)。

髙宮 最後にお二人から家庭での子育てについても貴重なアドバイスを頂くことができました。本日はありがとうございました。

ページトップへ戻る▲

[広告]企画・制作 読売新聞社広告局