(2)「参加することに意義がある」の真意
誤解、曲解されているクーベルタンの言葉
近代五輪の父、国際オリンピック委員会(IOC)の2代目会長を務めたピエール・ド・クーベルタンが語ったとされる「オリンピックは参加することに意義がある」との言葉は、あまりにも有名です。しかし、「弱くとも参加できる」と誤解、曲解されている向きがないでもありません。
この言葉が生まれた背景を説明しておく必要があります。1908年の第4回大会は4月27日から10月31日まで半年以上にわたり、ロンドンで開催されましたが、イギリスとアメリカは国民感情のもつれから、競技場でむき出しのけんかを続けていました。
7月19日の日曜日にセントポール寺院が参加選手を招待した時に、アメリカのペンシルベニアから来ていたエチェルバート・タルボット司教が「この五輪で重要なことは、勝利することより、むしろ、参加したことにあろう」と説教しました。
それから、5日後の7月24日に、今度はイギリス政府が大会役員を招いてレセプションを開きましたが、誤解のもとはこの時のクーベルタンIOC会長の演説が取り違えて伝わったことにありました。
会長は「ペンシルベニアの司教が『五輪大会で重要なことは、勝つことではなく、参加することである』と述べられたのは、まことに至言である。人生において重要なことは、成功することでなく、努力することである。根本的なことは征服したかどうかにあるのではなく、よく戦ったかどうかにある。このような教えを広めることによって、いっそう強固な、いっそう激しい、しかもより慎重にして、より寛大な人間性を作り上げることができる」と、司教の言葉を引用して演説したのです。
この言葉は、それからしばらく引用されなかったのですが、1932年の第10回ロサンゼルス大会の選手村の娯楽室に掲げられてから<クーベルタンの言葉>として一般にも知られるようになり、「オリンピックの理想」とも言われるようになりました。しかし、正式にはタルボット司教とクーベルタンの合作といった方が適切かもしれません。とりわけ、後段の部分は傾聴すべき言葉でしょう。