女子走り幅跳びの佐藤、初の国際舞台でほろ苦デビュー
 フォトニュース
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女子走り幅跳び決勝で3回目の跳躍をする佐藤真海=清水敏明撮影
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右手を挙げると、競技用義足を付けた右足から1歩目を踏み出し、助走を始めた。左足で踏み切り板をけり、アテネの空に身を投じた。電光掲示板には「3メートル95」。自己ベスト更新だ。「気持ちよく跳べた」と、充実した表情を見せた。
陸上の女子走り幅跳び(切断など2)に出場した佐藤真海(まみ)(22)。中学、高校時代は陸上の中長距離の選手だった。早大のチアリーダーだった2001年冬、骨肉腫(しゅ)と宣告され、翌春、右足を切断。生きる希望を探し求め、たどり着いたのが走り幅跳びだった。
東京障害者スポーツセンターの藤田勝敏コーチ(37)と出会い、今年2月から本格的に練習を始めた。最初は、着地の際、切断したすねの先に義足の衝撃が伝わるのが怖かったが、乗り越えた。翌月には、3メートル66を跳んで国際パラリンピック委員会の標準記録を突破し、アテネ切符を手にした。
「私が言ったこと、やって見せたことを、自分の体で上手に表現できるのがすごい」と、藤田コーチは評する。表現力には、チアリーダーだった経験が生きているのかも知れない。
初の国際舞台となった今回は、ほろ苦いデビューに。硬さがみられ、1回目は3メートル65。2回目、3回目と徐々に記録を伸ばしたが、他国の選手たちは次々に4メートルを越え、世界の壁の厚さを目の当たりにした。
3センチ差でベスト8入りを逃し、9位に終わった。しかし、藤田コーチは「助走のテンポも踏み切りも、現段階でのベストだった」と健闘をたたえた。
観客席で見守った母親のえり子さん(51)はこの日が誕生日。「トップのレベルを知って、真海もがんばりがいがあるでしょう。こんな素晴らしい大会に連れてきてもらって、最高のプレゼントになりました」と笑顔を見せた。
走り幅跳びを始めて半年。「まだスタートしたばかり。もっと伸ばして、また来ます」。そう誓って競技場を後にした。(小島 剛)
(2004/9/20/23:24 読売新聞 無断転載禁止)
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