「ルール一変」 荒波に向かう
(4)ソフトボール
ソフトボールのアテネ五輪代表の発表会見(13日)は、やや厳しい雰囲気に包まれた。晴れの代表15人から、シドニー五輪で銀メダル獲得に貢献した投手や野手が漏れたからだ。監督の宇津木妙子は「苦しんだ末の選択だった」と明かした。
選手選考のポイントは、2002年から国際大会で採用された新ルールにどう対処したかだった。攻撃を活性化させる狙いで、本塁から外野フェンスまでの距離が約6メートル長くなり、投手板から本塁までの距離も92センチ伸びた。ボールも硬いものに変わった。色は黄色。特に投手の環境は一変したと言っていい。
そんな中で、高山樹里(27)(豊田自動織機)は、アトランタから3大会連続の出場を決めた。監督は「(五輪は)最後というと怒られるかもしれないけど、一番いい年にしてやりたい」と手放しでほめあげた。
今年2月のグアムキャンプ。高山は黙々と投げ込みを続けていた。毎日150球、200球――。「距離が変わったことよりも、ボールが変わったことの方が大きい。握り、投げ方、すべてが違う」と高山は言う。
ゆったりと沈み込む投球フォームから繰り出すライズボールは、「ロー・ライズ」と呼ばれて、シドニー五輪で打者たちを悩ませた。その切れ味を「黄色いボール」で発揮するには、投げ込み以外にはなかった。
「助言ですか? もらわない。自分でやっていくしかないですから」。今まで以上に握力もいるし、腕の負担も増す。日本リーグでこの“国際球”が使われたのは今年度から。いわば高山が先駆者であり、教科書はなかった。
「握りや球を離す位置、ストライクとボールゾーンへの投げ分け。よく工夫していた」と監督も振り返る。その姿勢は、他の選手にも刺激を与えた。捕手の山路典子(33)(太陽誘電)は、「腕に張りが出ているのに、捕手と投手のミーティングの後も、投手を集めて細かい指導をやっている。本当に助かるし、尊敬できる」。若きエース上野由岐子(21)(日立&ルネサス高崎)は「シドニーの経験とか、高山さんにしか話せないことを親身に話してもらっている」と感謝する。
ルール変更という荒波に立ち向かう姿が、チームを引き締めた。求心力となる高山は静かに語る。「今は大丈夫。そう言えます。シドニー決勝で敗れた米国を倒す? それだけではない。足元をすくわれないことが大事です」。悲願の金へ、視野は広い。(敬称略)(山岸 均)
◆ソフトボール 1996年アトランタ五輪から正式種目となり、日本は4位。2000年シドニー五輪では、決勝で米国に1―2で敗れ2位。2002年のルール変更で、本塁から外野フェンスまでの距離が200フィート以上から220フィート(約67メートル06)以上に、投手板から本塁までが40フィートから43フィート(13メートル11)に伸び、使用球も従来の白色から、表面が黄色、縫い目が赤で、やや硬いものに変わった。
(2004年5月29日付 読売新聞 無断転載禁止)