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五輪家族

二人三脚で基本から

体操の塚原
 息子 直也 26 (朝日生命)
 父  光男 56 (メキシコ、ミュンヘン、モントリオール五輪で金5個)

練習の合間に話をする体操の塚原直也(左)と光男さん
練習の合間に話をする体操の塚原直也(左)と光男さん

 シドニー五輪の直後、直也が「メダルを取るって大変なんだな。すごいな、何個も持っていて」とポツリとつぶやくのを、父の光男は鮮明に覚えている。

 1999年の世界選手権で銀メダル2個を獲得した直也は、翌年のシドニー五輪で「体操ニッポン復活」の救世主と注目された。しかし、結果は団体戦4位、個人総合18位。期待が大きかった分、メダルを逃した責任を一身に背負うようなつらさも味わった。

 「月面宙返り」の創始者で、日本体操史に燦然(さんぜん)と輝く五輪金メダリストの父だが、それまで息子から直接的に敬意を表された覚えがあまりなかった。それだけに、「すごいな」の言葉は、思いがけなかった。

 直也は小学校高学年から体操を始め、その後、旧ソ連の英雄ニコライ・アンドリアノフの指導を受けて着実に力をつけていった。全日本選手権は96年から5連覇を達成。19歳でアトランタ五輪出場を果たしたのも、徹底した英才教育のたまものだった。

 だが、シドニー五輪で失敗し、その後、恩師が日本を去ると、それと符合するように、調子も下降線をたどっていった。

 「アンドレさんがいなくなってから、なんとか自立しなくてはと考えて自分であれこれやった。しかし、すべてが狂ってしまっていた」。直也は、そう振り返る。

 アンドリアノフから離れて気付いたことがあった。正確な倒立の仕方など、基本の基本が分からないということだった。豊かな才能で早期に頂点に駆け上がった分、細かい部分の修練がおざなりになっていたようだ。

 もがけばもがくほど、絶望の深みにはまっていく――。そんな状況に、手を差し伸べたのが父だった。父と子の二人三脚。二人の徹底的な作り直し作業が始まった。

 父の光男は直也に「新しいことや可能性のあることをどんどんやることが、体操の楽しさ、面白さじゃないのかな」と語りかけた。何気ないアドバイスが直也の心に響いた。「本当に父は体操の本質を知り抜いているんだな」

 昨夏の世界選手権(米アナハイム)で日本の団体戦3位に貢献し、予選とはいえ個人総合トップという成績は、完全復活という評価がふさわしい。

 いま直也は、鉄棒の「伸身コールマン」「2回宙返り3回ひねり下り」、跳馬の「李小鵬跳び」、平行棒の「月面宙返り下り」と、アテネ五輪に向けてスーパーE級の新たな技の習得に、どん欲に取り組む。「練習中も、こんなことができるんじゃないかとか、結構考えながらやっているんです」。「月面宙返り」など独創的な技の開発に意欲的だった父の背中が、おぼろげながら見えてきた。(松本 浩行)(敬称略)



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