「世界一」争える幸せ
シンクロ日本代表ヘッドコーチ 井村 雅代 さん 54
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シンクロナイズド・スイミングのデュエットで銀メダルを獲得した立花選手を祝福する井村コーチ(25日、安川純撮影) |
27日夜(日本時間28日未明)、シンクロナイズド・スイミングのチームフリールーティンに臨んだ日本代表。井村雅代ヘッドコーチ(54)は、娘のような選手たちとともに「世界一」を争える幸せを、かみしめた。
2日前のデュエット終了時、「チーム競技は集大成に」という周囲に、「戦いは、そんなセンチメンタルなものではありません」。
勝負にこだわることを選手たちにも求めてきた。「本気で向き合えば、選手はわかってくれる」。日本代表を26年間、指導する井村さんの哲学だ。
保健体育の教師として8年間、大阪の中学の教壇に立った。学校は荒れていた。シンナー、たばこ、不登校。生徒に殺される、と感じた経験もあった。
休みがちな生徒の家に通い詰めた。「授業を受けないと、損をするのはあなたよ」。熱意を受けて学校に戻り、美容師として店を持った子がいた。体を張った仕事の喜びを知った。
93年のシンクロw杯で、前年のバルセロナ五輪銅の奥野史子選手(32)は最高の演技を見せたものの、4位に終わった。
泣き続ける奥野選手に敗因を説明するため、各国のコーチ、審判員に聞き回った。返答は「なぜ、日本らしいシンクロを作らないのか」。オペラや歌劇を多用したスタイルから、日本色を前面に出す形に変えるきっかけだった。翌年の世界選手権で、奥野選手は「夜叉(やしゃ)の舞」で銀メダルを取った。
今回のチームを構成する計9人の選手のうち、5人は五輪初出場。4つのクラブに属する選手を束ねる。それでも、自分のクラブ以外の選手にも「なにやってんの」と厳しい言葉を投げる。言葉をかみ砕き、足りない点をはっきりと伝える。
「世界一に近いところで戦えるなんて、だれにでも出来る経験じゃない。いま頑張らないでどうするの」
井村さんは、1人ひとりを包み込むまなざしでチームを決戦のプールに送り出した。その温かさは、教師時代、教え子たちに注いだそれと同じだった。(山路 博信)
(2004年8月28日付 読売新聞 無断転載禁止)