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オリンピック物語

第四部 女性の戦い〈6〉

屈辱の性別検査

 五輪史で最もショッキングな女性差別は、1966年から99年まで続いた性別検査だろう。

 36年ベルリン五輪では、ナチスの命令で男子選手が、「ドーラ」と名を変えて走り高跳びに参加。また冷戦下の60年代、旧ソ連圏の女子選手が活躍したが、陸上でメダルを量産したタマラとイリーナのプレス姉妹に、特に米国から「男性じゃないか」との非難が集中した。「性別検査は八百長を抑止し、五輪倫理を守るため」と国際オリンピック委員会(IOC)は主張した。

 66年の欧州陸上選手権で、女性だけを対象に初導入された手法は、居並ぶ医師の審判員の前で、総勢243人の参加女子選手に、順次全裸になることを求める「視認調査」。続くジャマイカでの英連邦大会では、国際陸連(IAAF)の指示により、産婦人科の女医がすべての選手の性器を直接「検診」する方法が取られた。

 女子選手の「プライバシー侵害で屈辱的」との抗議に対し、翌年からは、性染色体検査が実施された。68年メキシコ五輪以降、五輪で行われたのはすべて、ほおの内側の粘膜を採取する遺伝子検査。しかしこれがまた、くせ者だった。

 「私の人生で最も悲しい事件だった。新聞に書き立てられ、私は陸上競技も、恋人も友人も奨学金も失った」。スペインの大学で体育を教えるマリア・パティノ教授は、85年の神戸ユニバーシアード大会で、Y染色体を持つ「男性」と診断された。

 支援を求めて貯金を使い果たし、国王にまで事情を訴えたパティノさんに、1人の専門医が味方した。Y染色体があっても、男性ホルモンに反応出来ない特殊体質。月経はなく子供は産めないが、他の身体機能も心理も女性と判断され、3年後晴れて再承認を受ける。性別検査を覆した、唯一の公の事例だ。

 「男女の性差は白黒では片が付かない。Y染色体を持つ女性は、1000人に1人以上の割合でいる。逆に男性にも、Yを持たない人がいる」。パティノさんを支援したシャペレ教授はクギを刺す。「性染色体を使う検査は、八百長をしている者でなく、知らずして体質異常を抱えている女性たちを暴くだけだ」

 この事例が契機となり、国際陸連は91年、性別検査を廃止。IOCも99年に、個別事例の検査の権利を残しながらも、全員の検査を中止した。検査に費用がかかることと、ドーピング検査で採尿する際、性別検査も出来ると気づいたのが主な理由だ。「私は陸上には戻らなかった。でも、歴史が私の努力の報酬」とパティノ教授は言う。

 アトランタ五輪では、検査を受けた3387人の女性のうち8人が、Y染色体につながる遺伝子を持つと診断された。今、五輪の男子選手に一斉性検査を実施したら、何人が“男性失格”になることか? でもそれは、パンドラの箱なのだという。(アテネ・結城 和香子)



 (2003年11月26日付 読売新聞 無断転載禁止)

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