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(5)“反乱”機に経営理念固める
「全従業員の物心両面の幸福を追求すると同時に、人類、社会の進歩発展に貢献する」との経営理念を固めたきっかけは、1961年(昭和36年)4月の従業員の“反乱”でした。 創業3年目に入って、独立前からのお得意さんだった松下電子工業からテレビ用部品の大量注文があったこともあり、工場はフル稼働でした。そんな折、前年に高卒で入社してきた11人が団体交渉を申し入れてきたのです。 《急激な経済成長で工場は増え、60年ごろから慢性的な労働者不足が続いていた。中卒で就職する人は「金の卵」と言われた。高卒の労働者も引っ張りだこで、賃金も上昇し続けた。春の一時期に集中して賃上げを目指す「春闘」が定着したのもこのころだ》 彼らは、こんなにみすぼらしい会社とは思わず辛抱してきたが、将来に対して不安が募ったのでしょう。「せめて世間並みのボーナスを出してください。今後はこれを最低保障する約束を」と言うのです。 私はこう意見しました。採用面接の席でも「日本一、世界一にしようという気概を持って経営をしているが、できたばかりの会社や。皆さんの力を借りて、立派にしたいから、ついてきてくれ」と言ったやないか。世間並みにしてあげたい気持ちはあるが、約束なんかできはせんよ、と。 しかし、いくら言っても、「みな辞める覚悟をしてきたんです。約束してもらわないと困る」の1点張りです。夜は私の自宅に連れてきて3日3晩説得し、最後は分かってくれました。 私にしても、郷里の親きょうだいもまだ貧しくて、少しずつしか仕送りできない。それなのに、採用したばかりの社員のボーナスや昇給を保障しなきゃならん。これが経営かいな、と創業を悔やみましたよ。 でも、彼らに「お前らのために一生懸命してあげるつもりや」と言ったこと自体は、正しいと思い直しました。私の技術を世に問う場としてつくっていただいた会社だが、これからは全従業員の幸せと人類社会の進歩発展への貢献と決めました。そうしたら、気持ちもすっきりしました。 ただし、「会社に関係する人みんなが幸せになるために仕事をするんだから、お前らだけが“働く労働者”とは言わさんぞ」と社員には念を押しました。 「我々は労使じゃなくてパートナーだ。家族の一員としてやろうではないか。運命共同体だ」と一生懸命に訴えました。京都という革新色の強い地域にあって、労使協調で問題を起こさず経営できたのは、こうした考えで従業員をまとめていったからだと思います。
(2004年4月14日 読売新聞 無断転載禁止) |
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