刑法犯全体は減少傾向にあるなか、高齢者の犯罪が急増している。
背景にあるのは「孤独」「孤立」「喪失」。そして最近、「格差」と「認知症」も加わった。団塊世代の大量退職により拡大も懸念され、抜本的な対策に迫られている。
本誌 秋本 宏/撮影 鷹見安浩
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| 作業が終わり、「高齢受刑者収容棟」に向かう高齢受刑者(広島刑務所、尾道刑務支所) |
「カニ缶が食べたかった」
都内のスーパーでおよそ1500円のタラバガニの缶詰1個を万引きして警備員に捕まった男(68)は、悪びれた様子もなく店長にこう言った。
男はアパートに一人暮らし。無職で身寄りはいない。男は万引きの常習犯だったので、店長は警察に通報した。
「万引きで捕まえても、警察に突き出すのはほんの1〜2割。高齢者ということもあり、ほとんどは説諭で帰してしまう」
万引きGメンを40年間続け、数多くの高齢者の万引き現場を見てきた万引き対策コンサルタント会社「エスピーユニオン・ジャパングループ」(東京・大森北)の望月守男・最高経営責任者は、こう言う。
警察に通報するのは、常習者で罪を認めようとしないなど、悪質なケースに限られる。望月さんが言う。
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| 高齢者の万引きの特徴はカニ缶、お茶などの高級品を1品だけ取る |
「高齢者の万引き常習者の特徴は、カニ缶やお茶など1500円から2000円クラスの比較的値段の高い商品を1品だけ万引きすることです。品数も少ないため見つからないという気持ちがあるんです」
スーパーなどに設置の防犯カメラにはダミーもある。高齢の万引き常習犯は、作動するカメラやダミーの位置も熟知している。死角の場所も把握しており、手口はますます巧妙になっているかと思いきや、無防備にカニ缶などをポケットに入れる。万引きを繰り返しているうちに警戒心が緩んで、スキが出てくるという。
バブル経済がはじける90年代初めまで、万引きする高齢者は興味半分や出来心でやっていた。ところが、いまは、おカネのない高齢者が万引きをしている。
「捕まえてみると、財布には10円玉が数個しか入っていないことが多い」(望月さん)
高齢者の犯罪パターンは、(1)若いころから犯罪を繰り返す(2)40代から犯罪を繰り返す(3)若いころに初犯の経験があり高齢になってから再び罪を犯す(4)60代になって初犯。その後、犯罪を繰り返す――などの四つに分類される。
深刻なのは(4)のケースだ。2007年版「犯罪白書」によれば、06年末、全受刑者7万496人のうち60歳以上は8671人で、全受刑者の12・3%を占めている。このうち65歳以上の新受刑者は1882人(前年比285人増)で、新受刑者全体の5・7%を占めていることだ。
高齢者の約4分の3が2年以内に再犯を起こしている。そして、65歳以上で犯罪件数が10犯以上の「多数回高齢再犯者」を見てみると、最も多いのが窃盗(51・4%)である(下の表参照)。
警察庁のまとめでは、昨年1〜11月に刑法犯で摘発された65歳以上の高齢者は約4万5000人で10年前の約3・5倍(同期比)に増えている。その、ほぼ半数が万引きだった。ほかにも10年で増えたのは、暴行の約1700人で17倍、傷害も約1000人で4倍以上。
法務省矯正局によると、60歳以上の受刑者は97年末に3500人弱だったが、06年末には2・5倍増の約8700人に。しかも、自力歩行が困難など、日常生活に支障のある高齢受刑者は増加の一途で、「今年3月末までに1000人ぐらいになる見通し」(同省・矯正局職員)。
「刑務所は無料の福祉施設」
なぜ、こうも高齢者の犯罪が増えているのか。
「背景にあるのは、格差社会です。社会的地位の低い貧困層の高齢者がダメージを受けています。生活保護を受けるのが難しくなっているので、身寄りのない高齢者は経済的にも追い詰められ、孤立していくのです。万引き急増は生活苦から。介護殺人も増えていますが、孤立と生活苦が誘引している点は同じです。地域のサポート機能が弱まっていることも一因です」
法務省出身で、横浜刑務所首席処遇統括官などを歴任し、刑務所問題に詳しい龍谷大学法科大学院の浜井浩一教授(犯罪学)は、そう説明する。
「身元引受人がいて、帰るところがあれば仮釈放になるが、高齢受刑者の多くは身内や親族などからも見放され、帰る場所がない。だから満期まで刑務所にいる。高齢受刑者にとって刑務所は、ある意味で無料の福祉施設となっているのです。日々の食事の心配や世間の目を気にしながら生きるよりも、暖房や自由はなくても、仲間がいて生活が保障される刑務所のほうがましだと思う受刑者が増えています」
高齢受刑者のうち、満期受刑者は、約40%に及ぶという。軽度の認知症を抱えるケースも増えている。
「コミュニケーションが満足にできなくなり、自分がなぜ刑務所に入っているのか、自分の状況が分からなくなる高齢受刑者も増えている。介護を必要とする受刑者が今後、さらに増加してくる」(浜井さん)
加齢に伴い、キレやすくなる傾向もある。脳の前頭前野の外側部が衰えてくると、怒りっぽく、キレやすくなる。諏訪東京理科大の篠原菊紀教授(脳・人システム論)は、こう言う。
「高齢者がキレやすいことは、抑制力がなくなってきていることの表れです。幼稚園児から80歳までの脳を調べていくと、怒りなどを抑制する機能は30歳をピークに徐々に落ち始め、60歳になると、6歳児とほぼ一緒になってくるのです。高齢になればなるほど先のことが思いえがけなくなって、衝動的に目先のことばかりに思考がいくのです」
増え続ける高齢受刑者に対応するため、07年度補正予算に、83億円が計上された。広島、高松、大分の3刑務所に、エレベーターや廊下の手すりを整備したバリアフリー型の「高齢者収容棟」を設置、今年中の運営開始を目指している。
収容人員はそれぞれ約360人で、いずれの施設も市内の中心地に近く、医療機関と連携しやすい。同省・矯正局職員はこう話す。
「現在、一般施設に高齢受刑者を分散収容しているが、職員数も制限されているので、高齢者の処遇がなかなかできず、重荷にもなっている。すでに広島・尾道刑務支所に50人ほど収容できる施設があるので、新たな3施設を加え、1000人の高齢受刑者をカバーできる」
それでも足りなくなったら……。
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