科学と社会の接点探る
ゴキブリ、ガ、ハエ。夏が来れば、ゾロゾロと現れるのが嫌な虫たちだ。しかし「昔の日本に『害虫』の言葉はなかったんです」。34歳の大阪市大准教授は穏やかに語る。
研究に10年を費やし、国内の虫と人間の関係を追った。
江戸時代、虫は自然に発生し、天災と同じ避けられないものと考えられた。西洋科学とともに害虫の概念が入ったのは明治末ごろ。農村の小学校で賞金つき「害虫取り競争」や「害虫駆除唱歌」の合唱が行われた。軍の毒ガス技術から、殺虫剤も生まれる――。
まさしく有為転変だ。「虫が『害虫』になったのは、人間の考え方の変化や近代国家の形成、戦争にも影響されている。科学は確固としたものでなく、社会と強く結びついていることを知ってほしい」
宮崎県生まれ。田舎育ちで子供時代は虫好きだったのかと思いきや、「クワガタやタガメを捕まえたぐらい。人並みです」。京大理学部に進学後、分子生物学を学んだ。当時は人間のDNA塩基配列を調べるヒトゲノム計画が進んでいた。賛否の議論が激しく、「科学とはそもそも何なのか」と疑問がわいた。
卒業後、文学部に入り直し、科学史を修めた。人間に身近なことから虫の研究を始め、次は、鳥を通して自然保護や政治の問題を考えたいという。
文系の教員に珍しく、夏休み中も大学の研究室へ通って文献に向かう。「趣味はありません。私生活の話は、あまり面白くないですよ」(ちくま新書、720円)(待田晋哉)
(2009年9月1日 読売新聞)
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