マンガ編集者になり損なう
出版局に異動となって間もなく、上司から、マンガ雑誌出版に対しての試算を出してほしいとの指示があった。資金があれば何とかなるというほど、甘いものではないことも承知していたが、しかし、それでも初期投資は必要不可欠。ない知恵を絞りつつ、斯界(しかい)の諸氏の助言も仰ぎながら、プランを提出した。当時の局の現状も考慮して、はっきりとした金額は控えさせてもらうが、かなり予算を抑制した形で提出したつもりであった。だが、結果は見送り。
それは、雑誌単体では初年度どころか、2年後、3年後でも黒字化の見込みは立たないという補足と単行本化や商品化権など未確定の利益も計上した「取らぬ狸」的部分もあったことが大きな原因なのだろう、と今となっては思う。しかし、当時は若気の至り、「この程度の初期投資もできず何がマンガだ」と憤ったものだった。
後日譚(たん)ではあるが、ライバル紙の出版部門でも同時期、マンガ雑誌の計画があったという。しかし、それも、予算がネックとなって頓挫したかに聞いた。しかも、その金額は、当方の提示した額の倍というような…。ともあれ、異動の第一目的だった雑誌企画の目論見(もくろみ)は外れ、それではと、持ち上がったのが人気作家の書き下ろしマンガ単行本の企画。これとても、かなり無理があった。試みに知己の作家に当たってみたが、「とてもそんな余裕はない」と丁重に断られた。中には、「文化部時代の縁もあるから、何とかしてあげたいけど、他の出版社との関係もあるからね」と本音を口にする作家もあった。そんな時、新聞で新しい連載マンガが始まることになり、単行本化は出版局が担当するという願ってもない話が持ち込まれた。
新聞の担当者とともに作家に挨拶し、単行本の仮承諾ももらったつもりだった。ところが、連載がほぼまとまり第1巻の準備に入った時である。上司から出された初版部数に愕然(がくぜん)とせざるを得なかった。一般書並みの部数、上司は「それでも通常より多い」というが、とても作家が納得するような数字ではない。案の定、交渉は難航、上司を説得したが、数字はなかなか変わらない。作家に対する「すぐに増刷しますから」という当方の条件も無益。結局、単行本化は流れ、他社に持って行かれてしまった。
一般書の出版では経験があっても、マンガについてはやはり素人の集団。自身も含めて、それを痛感させられた。こうして、マンガ出版の夢は夢のまま、再び異動の話が持ち上がり、マンガとはまったく無縁な部署に腰を落ち着けることになる。
それもよかったのかもしれない。仕事とは無関係にマンガをマンガとして楽しむ、かつての子供時代と同じところに戻っただけなのだから。

吉弘幸介:読売新聞東京本社記者。文化部で10年余マンガなどを担当した。
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