新選考委員・萩尾さん 見たことのない感覚に期待
既成の小説観を超越する作品を送り出してきた日本ファンタジーノベル大賞(読売新聞東京本社、清水建設主催、新潮社後援)の第23回の作品募集がスタートした。故井上ひさし氏の後任として今回から新たに選考委員に加わる漫画家の萩尾望都さん(61)を紹介するとともに、応募作への期待を語ってもらった。(聞き手・佐藤憲一)
◆始まりは文学全集
萩尾 もともと小説は非常に好きなんです。少年少女向けの世界文学全集を読むことから始まって、ジュール・ベルヌやH・G・ウェルズを経て、アイザック・アシモフを知り、本格的なSFにはまりました。最近は、サラ・パレツキーなど海外の作品のほか、宮部みゆきさんや松井今朝子さんの日本の時代小説も結構好きで読んでますよ。
――ファンタジーノベル大賞の歴代の受賞作でお好きな作品は?
萩尾 畠中恵さんの『しゃばけ』は、ひょろひょろしているようで芯はしっかりしている若だんなの脇を、こわもての番頭2人が固める。そんなキャラクターの構図が新しくて面白い。受賞作というのは後で知って、こういう江戸時代の身近なお化けの話もファンタジーノベルなんだと、びっくりしました。ナチス時代のウィーンで、一つの身体を共有する双子を描いた佐藤亜紀さんの『バルタザールの遍歴』は、西洋史の知識が反映されていて、テーマも興味深かったです。
――不老不死の吸血鬼の悲しみを描いた『ポーの一族』や思春期の少年たちが暮らすドイツの全寮制学校が舞台の『トーマの心臓』といった初期の代表作、SF漫画『11人いる!』など、萩尾さんの漫画の世界は、この賞から生まれた作品と近いものを感じます。
萩尾 私が育ったのは九州の炭鉱町で、子どものころは労働組合の闘争が続いていました。その現実から逃避したくて、海外のテレビドラマや小説に異世界のファンタジーを求めていたのかもしれません。
◆現実でない何か
――この賞では「剣と魔法」の、典型的なファンタジーの範囲に収まる小説は選ばれていません。選考会では毎回のように、「ファンタジーノベル」とは何かが議論になります。
萩尾 つまり、幻想とは何かという問題なんでしょね。私は、生きている世界と死んでしまった世界の間にある亜空間が幻想で、「生」「死」「幻想」の三つの頂点で三角形を形作っていると思っているんです。現実と死だけだったら、宗教や夢はいらない。現実でない何かが必要になって、もう一つの幻想の点が生まれ、それは希望や未来だったり、死と現実を行き来する幽霊やお化けであったりする。
――現実ではない何かが必要だから、ファンタジーノベルも生まれる、と。
萩尾 ええ、源氏物語でも、六条御息所が生霊になってライバルの女性をとり殺す一章があることで、現実とは違う局面が生まれ、恋愛が深くなっている。シェークスピアの「ハムレット」や「テンペスト」でも、幽霊や不思議な島の怪物の話がでてきます。
――この賞の創設時には、手塚治虫さんが選考委員の一人でした。1989年の第1回選考前に逝去されましたが。現在の荒俣宏さん、椎名誠さん、鈴木光司さんは作家、小谷真理さんは評論家。萩尾さんは、創設時に戻っての漫画界からの参加となります。漫画と文学で違いはあるのでしょうか。
萩尾 漫画は絵から発想する場合が多いのですが、読者の心にショックを与え、動かすものは、絵か文かを飛び越えて入ってくるものですね。最終的には、あまり違いがないのでは。
◆若い世界観に興味
――第1回から選考する荒俣宏さんによると、創設当初は、ファンタジーがベースになった漫画やアニメ、ゲームが盛んになってきた時代で、非現実的なものを扱ったファンタジーを文学の世界にも位置付ける狙いがあったそうです。
萩尾 当時はバブルが終わりかけた段階で、まだ「未来」という言葉が信じられていましたよね。でも、私はバブル後の不況の時代に生まれた若い人たちが、どういう世界観を持っているのかに興味があります。
――若い応募者も多い賞です。
萩尾 戦後の物のない時代から、電化製品が発達し、道路が舗装され、豊かさが生活の中に入ってくる経過を私たちは体験している。一方で今の若い世代は、物の豊かさには最初から慣れていても、未来に不安をかかえ、デートでも外でぜいたくをしないで家で鍋をしたりする。お金や力を使おうと大上段に構えないで自然体の彼らを見ていると、いつのまにか、夢もない欲もない世界になったのかな、という気もします。それが応募作にどう反映されるか、楽しみですね。
――小説の賞の選考経験もおありですね。
萩尾 プロの作品を対象とした日本SF大賞の選考をしたほか、青森の地方誌が主催している、ゆきのまち幻想文学賞の選考も長くしています。選考会って時にはすごく紛糾して、「血と涙とスリルとサスペンス」が漂いますよね(笑)。
――応募者へメッセージを。
萩尾 会話でもエピソードでも何でもいい。まだ見たことも読んだこともない、新感覚の元気な作品を期待しています。役者でも、同じようなことをしても、その人が演じるだけで新しさが出る人がいる。そんな才能を持った新人が現れたら面白いですね。
- はぎお・もと 1949年、福岡県生まれ。69年「ルルとミミ」でデビュー。76年「11人いる!」「ポーの一族」で小学館漫画賞、97年「残酷な神が支配する」で手塚治虫文化賞優秀賞、2006年、「バルバラ異界」で日本SF大賞。
第22回大賞・優秀賞
◆大賞『前夜の航跡』紫野貴李さん…椎名委員「安定した堂々の力作」
今年行われた第22回日本ファンタジーノベル大賞は、昨年を18編上回る670編の応募が寄せられた。第1回に次ぐ史上2番目の多さで、この分野への高い関心と盛り上がりを物語る。
最終候補には例年以上にバラエティー豊かな4作が並び、激しい議論の結果、大賞に紫野貴李(しのきり)さん(50)の『前夜の航跡』、優秀賞は、石野晶さん(32)の『月のさなぎ』が選ばれた。
『前夜の航跡』は、旧海軍の訓練中に遭難し事故死した兵らの怨念(おんねん)を、仏師の彫る木像が奇跡を起こし鎮めていく、幻想とロマンにあふれた連作短編集。実戦でなく、あえて訓練中の事故に焦点を絞り、軍縮条約の網をくぐり抜けるための無理な艦船の改造が事故の背景にあったという、戦争の隠れた犠牲を悼む深さを持つ。
選考委員からは、「非常に静かな、庶民の日常感にあふれた戦時奇談」(荒俣宏選考委員)、「安定した堂々の力作登場」(椎名誠選考委員)、「物語の運びは見事」(鈴木光司選考委員)などと絶賛された。
◆優秀賞『月のさなぎ』石野晶さん…小谷委員「どこにもない個性」
一方の『月のさなぎ』は、森の中の学園に隔離され、寮生活を送る月童子という子供たちが、世界の秘密と出会っていく物語。大人になるまで性別が決定しない月童子たちが、恋愛と友情の間の繊細な感情を抱きながら、成長していく姿が新鮮だ。小谷真理選考委員は、「わが国の少女漫画のスキルをわがものとし、ヴィジュアルではなく文章力で再構築した」「世界のどこにもない特殊な個性」と評価した。
◆選考委員
椎名 誠氏
荒俣 宏氏
小谷真理氏
鈴木光司氏
萩尾望都氏
(2010年11月22日 読売新聞)


























