「道端に歌を拾いに行く」
仕事は高校の物理教師。休みの日によく埼玉の自宅からふらりと北上し、見知らぬ町の道端に歌を拾いに行くという。拾う? 「そう、落ちている。受け身になって歌をいただくという感覚です」
歌集「滴滴(てきてき)集」(短歌研究社)で第16回茂吉賞、「時のめぐりに」(本阿弥書店)で第39回迢空賞。昭和の二大歌人の名を冠した賞を、戦後生まれでは初めて両方受ける。
それぞれ別の短歌総合誌に連載した歌をまとめた。もともと多作ではない。「歌を作る心の状態になるまでに時間がかかる。作り方を毎回忘れてしまうから。でも、いったん思い出せば数はあまり関係ない。釣りの入れ食いのように歌が拾えたりもします」
〈中年はせんなきものぞ家出して六時間過ぎし猫を案ずる〉〈ユーモアは男の証(あかし)たるべしと殻(から)のまま呑む甘栗ひとつ〉。迢空賞の選考では「日常の些事(さじ)を素材にしても広がりがあり、社会を複眼的に、批評性を持って見ている」と評された。評論や随筆も手がけ、この世代のリーダーの一人である。
「いろんな側面からものを見たい。よく斜に構えていると言われるが違います。異なる角度の『正面』から見ているつもり。すべての歌が一つの人格の中におさまる必要もないでしょう」
男性限定という短歌教室を先月、東京・新宿で始めた。「8割以上が女性という短歌結社は多い。男が半分いてもいいはず」。いつも何かを探している目だ。(文化部 小屋敷晶子)
(2005年5月6日 読売新聞)
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