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高橋源一郎 「ミヤザワケンジ・グレーテストヒッツ」

もう一度文学史書き直し 「小説は言語芸術の最新版」

 日本の近代文学の起源にさかのぼって「文学史の書き直し」を続け、このほど『ミヤザワケンジ・グレーテストヒッツ』(集英社)を刊行した高橋源一郎氏(54)を訪ねた。氏の話は、この新作から、小説の現在についてへと広がった。 (山内則史記者)

写真の拡大「僕は小説家として、何より読みを優先する」という高橋氏
「僕は小説家として、何より読みを優先する」という高橋氏
「僕は小説家として、何より読みを優先する」という高橋氏

 

 原作者が読んだら、絶句するだろう。24編すべて、表題は賢治からの借用。中身は大違い。

 新宿のホストクラブでは、もてない男たちが無駄話を続け(「風の又三郎」)、芸能人コースの女子高生たちは学校から仕事場へ直行する(「なめとこ山の熊」)。出会い系サイトに女を装って書き込む男(「やまなし」)や、さしたる理由もなく断食して自ら命を絶つ若い男女(「飢餓陣営」)がいる。老い、風俗、社会の停滞感をまじえて描かれるのは、荒涼たる日本の「いま」である。

 「宮沢賢治でもう一度、『日本文学盛衰史』を書いてみたいと思いました」と語る。

 1997年から文芸誌に連載した『日本文学盛衰史』(2001年刊)は、「作家としてのアイデンティティーを見つける一つの大きな転機」となったという。当時、小説を書くための言葉と目の前の現実との間に違和感を覚えていた氏は、近代文学の誕生した明治にさかのぼる。

 そこから生まれたのが同作だった。二葉亭四迷、田山花袋、石川啄木らをよみがえらせ、「小説を書くことイコール小説とは何かを考えること」だった時代を現代と接続した。『官能小説家』(02年刊)も、この新作も、その延長線上にある。

 90年代、「文学史」が空白になってしまった――という時代認識が氏にはあった。小説はどこへ行こうとしているか。一連の「文学史の書き直し」を通して、その流れが「ようやく見えてきた」という。

 それによると――。氏がデビューした80年代まで、小説は「何かに対するアンチ」として書かれていた。ところが90年代に入って様相は変わる。

 「例えば阿部和重君のデビュー作『アメリカの夜』は、映画に似ている。これは小説を否定した、ということではない。力点が否定に置かれていないんです。保坂和志さんの作品にも、対立と否定の力学はない」

 既存の価値を否定することで新しさを追求する「近代文学」のやり方は、この時点で効力を失い始めた。宗教学者の中沢新一氏の説を応用して、氏は前者を「非対称性」、後者を「対称性」という言葉で説明する。

 豊かさと貧困、父と子、あるいは家族と個人といった「絶対的非対称性」を描いて来た近代文学は、いわば「否定をエネルギーにして飛ぶロケット」だった。これに対し例えば笙野頼子氏の『金毘羅』は、「普通に考えればフェミニズムの小説ですが、金毘羅は何にでもくっついちゃう神様。対立は解消され、なんでもありという対称性の論理がある小説なんです」。

 こうした変化の根本に、小説を書く言葉の問題があるとする。「明治20年ごろに作られた言文一致の言葉が持っていた重力は、次第に弱まり、そこから浮遊して自由にやろうという人が増えてきた」のだという。

 そこに重なったのがインターネットの普及。エリートの専有物だった「書くことの神話」は崩壊し、「1000人の作家に1000人の読者」という時代が到来した。そして、綿矢りさ、白岩玄、舞城王太郎、佐藤友哉、中原昌也といった新しい書き手たちが現れる。「綿矢さんの『蹴りたい背中』は、昭和30年代でも昭和10年代でも通じる、日付のない文章なんです。過去の文学の富が、歴史性を剥奪(はくだつ)され、任意のアイテムとして使われている」

 そして小説の行く末について、「アリストテレスが芸術のジャンルを定義した時は、映画も小説もなかった。言語芸術の最新バージョンとしての役割が、小説にはある。より優れたジャンルXが現れたとき、小説、文学と呼ばれるものの役割は、なくなるかも知れない」と語った。

 『グレーテストヒッツ』は、「宮沢賢治の作品そのものをキャラクターとして使う」というこれまでにない趣向だが、賢治本人は、文芸誌「すばる」に連載中の続編「銀河鉄道の彼方に」に登場する。そこで24編に隠された謎が解き明かされる仕掛けという。そこで、「文学史の書き直し」としてのこの作品の意味も見えてくるのだろう。

 哲学者の内田樹氏と対談した際、「Sauve qui peut」という言葉を聞いた。「各人の責任で生き残れ、そして後で会おうという意味。軍隊が総崩れになった時に言う。僕は、使えるものは何でも使って戦う。戦っちゃうところが近代文学、と言われてしまうかも知れないけどね」

(2005年5月23日  読売新聞)

『ミヤザワケンジ・グレ−テストヒッツ』

  • ミヤザワケンジ・グレーテストヒッツ
    高橋源一郎
    出版社:集英社
    発行:2005年5月
    ISBN:4087747573
    価格:¥2940 (本体¥2800+税)
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