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出版トピック

文芸2005<5月> 舞台としてのネット社会

樋口直哉氏「さよなら アメリカ」 深まる「他者との境界」考察
中島京子氏「テディ・リーを探して」 記憶がねつ造される恐怖

 安部公房(1924〜93)が小説「箱男」を刊行したのは73年。今から30年あまり前のことである。段ボールをかぶった男が匿名性を獲得し、箱に開けた穴から世界をのぞき見て、街をさまよう。第48回群像新人文学賞を今月受けた樋口直哉氏(24)「さよなら アメリカ」(群像)が、この「箱男」を踏まえて書かれたことは間違いない。

樋口直哉氏
樋口直哉氏

 頭部を覆うのは、箱ではなく袋。〈袋族〉である〈僕〉のモノローグによって、この小説は語られる。かぶるべき袋の形状や細かい注意点、はじめて袋をかぶった中学時代の回顧に始まり、高校を出てアパートで独り暮らしの〈僕〉の日常、それを揺るがす小事件へと話は展開していく。

 「箱男」の箱は生活空間にもなるから、逃げ込める家を背負ったヤドカリ的な姿を思わせるが、袋族とはつまり、覆面を付けただけ。その無防備さと逃げ場のなさ、息苦しさに、作者の時代感覚がまず見て取れるだろう。袋をかぶって読むように、という注意書きもある。

 面白いのは、袋をかぶるこの男が自分の殻に閉じこもって世界の観察者の位置に退いているわけではなく、袋をかぶる価値観を共有できる仲間を探し求めてさまよっている点だ。

 その意味で、〈僕〉の自己同一性を激しく脅かす存在として出現する腹違いの弟が、一日中パソコンに熱中しているらしいことは興味深い。インターネット上の匿名の書き込みを弟の後ろからのぞき、〈暴力的とも言える、殺伐とした〉ドラマ批判を見る〈僕〉は、〈一方的に見るだけの立場だと人は残酷になれるのだろう〉と感じる。

 執拗(しつよう)に繰り返される、見ることと見られることの関係、自己と他者の境界を巡る考察は、パソコン好きのこの弟の存在によって、より深められていく。ネット時代の「箱男」として、バージョンアップされた作品と言っていいのではないか。

 パソコン、ネットの普及は、文学にどんな影響を及ぼしているか――という大きなテーマはさておいて、それらが小説の中で、今日的題材として重要な役割を果たしている例が、最近よく目につく。

 例えば中島京子氏(41)「テディ・リーを探して」(すばる)。日記とは一義的には、自分が読むために自分が書くという性質のものだが、ネット上に、だれにでも読めるあまたのブログ=日記形式のホームページが公開されている当今、そうした場所では、こんなことも起こりうるかも、と思わせる現実味がある。

中島京子氏
中島京子氏

 15年前に海外旅行の添乗員をしていた〈わたし〉は、気まぐれに検索するうち、偶然あるブログに、当時の自分が出てくる日記らしきものを見つけ、混乱する。つきあっていた男とのことなど、自分にしか知り得ないはずなのに……。

 〈自分が書いているのではないか。自分以外に書ける人間などいないはずではないか〉と思う一方で、全く身に覚えのない事柄も出てきて、これは〈奇妙なわたしまがいの女〉が書いているのだと立腹する。

 やがて、自分の記憶がねつ造された薄気味悪さと不快感にたまりかね、物の怪にとりつかれたように自分の記憶を〈更新〉するのだが、後味の悪さが残る。

 自分を自分たらしめているのは自分の記憶でしかない。それが作り替えられる時、自分はどうなるか――。そのことを端的に突きつけられる怖さが、この作品にはある。それは同時に、ネットという言語空間の陥穽(かんせい)でもあるだろう。

 松井雪子氏(38)「恋蜘蛛」(文学界)は、遊園地や博覧会のイベント用コスチューム、テレビ用衣装などを作る会社で働く〈私〉と、同僚として現れた〈コージ君〉との恋を描く。刺繍(ししゅう)の名人であるコージ君は会社を辞め、ネットショップ「夢の刺繍屋さん」を開く。ネット上というバーチャルな空間への出店、つかみどころのないコージ君、二人の生活感のなさが、よく釣り合っている。

 高度な技術と過度の集中で、身をすり減らすようにして美しい刺繍を生み出す男と、それを支えようとする女。この人の小説には、日常の中にじわじわ人間の抱える暗部がにじみ出してくるようなところがあるが、今作では蜘蛛(くも)と糸のイメージを巧みに操って、ひと味違った陰影あるファンタジーになっている。

 甘糟幸子氏(70)「怖ろしいあの夏の私」(すばる)は、日常に潜む悪意が「負」の連鎖によって残酷な結末を生むまでを短いながらも印象的に描き、いまの世の中の空気が濃縮されている。

 村上春樹氏の作品世界と中国との関係を論じた水牛健太郎氏(37)「過去 メタファー 中国―ある『アフターダーク』論―」(群像新人文学賞評論優秀作)は、日中関係が問題になっている今、示唆に富む一編だろう。

(山内則史記者)

(2005年5月25日  読売新聞)