大江健三郎氏「さようなら、私の本よ!」 既成の作家像破壊
大江健三郎氏(70)の長編「さようなら、私の本よ!」(群像)が、第3部「われわれは静かに静かに動き始めなければならない」で、今月完結した。
世界的な文学賞を受けた〈長江古義人(こぎと)〉と、義兄で映画監督の〈塙吾良(ごろう)〉。自身と故・伊丹十三氏の関係をモデルにしたことが明らかな『取り替え子(チェンジリング)』(2000年)、古義人が四国の森に帰る『憂い顔の童子』(02年)、そして本作により3部作が完成したことになる。
『憂い顔――』で負った大けがから生還した古義人は、生者より死者に親しみを感じる状態。病後を養うため、北軽井沢の山荘に滞在する。少年時代を共有し、久しく交流が絶えていた建築家〈椿繁〉と彼の若い友達を隣人として、一夏を過ごす。そこで古義人は、繁が〈最後の一勝負〉と呼ぶテロの企てに組み込まれていく。
超高層ビルの一部を爆破することで効率的にその全体を倒壊させるのがその手段。村上龍の最新長編『半島を出よ』にもビルの爆破があるのは、「9・11」が生んだ必然の一致か。
3作を通じて吾良の死は古義人に棘(とげ)のように刺さっているが、この作品ではやや後退した。前面に出てくることの一つが、〈ミシマ問題〉だ。繁の友達の一人で〈世界的に拠点をもつ組織〉に属するロシア人青年と古義人の間で、その文学と行動と最期が再三話題になる。
自衛隊に乱入し決起を呼びかけ切腹したが、もしそのとき刑に服し、今も生きていたとしたら――。
長編評論『同時代としての戦後』(73年)で大江氏は、〈戦後に生き延びつづけるところの、「戦後」を、自分がそれを主体的にひきうけて生きる同時代とみなす、すべての人間を侮辱するところの死を、かれのうちなる、、構想者の企画にしたがって死におおせた〉と、その最期を痛烈に非難したことがある。
古義人も一枚かんだ〈老人の愚行〉は、実験段階で思わぬ経過をたどる。同時代人を呪縛(じゅばく)してきた三島の死の衝撃からあまりに遠く見えるこのアンチクライマックスにこそしかし、氏ならではの批評が潜んでいるようにも思われる。
終戦と現在のほぼ中間点で退場した三島は、氏が生き、書いてきた「戦後」という時間をとらえ直す折り返し地点としてある。戦後60年、三島の予言した空虚が蔓延(まんえん)し、テロへの不安が日常化している今、敢(あ)えて混沌(こんとん)に立ち向かう〈愚行〉が書かれたことの意味は大きい。
何か問題が起きた時、大江氏は過去の文学作品と交感するようにして危機を乗り越えてきたのではないか。
ナボコフ、エリオット、セリーヌ、ドストエフスキー、ベケット――この小説でも幾多の作品が言及される。書物によって書くことを鍛えてきたこの作家が、「さようなら、私の本よ!」と題したこと自体、既成の作家像を破壊する意図の表れともとれる。
そのこともあって、〈後期(レイト)の(・)仕事(ワーク)〉3部作を通して読者を挑発する無鉄砲な老人の怒りと悪意は大きな破滅に至るかとも予感させるが、繁が氏のデビュー作「奇妙な仕事」を引用し、原点への回帰を示唆して閉じられる。氏はここから、どこへ向かおうとしているのか。
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沢木耕太郎氏(57)は、書いてみたいと身を乗り出すような対象と久々に出合ったのではないか。ノンフィクション「百の谷、雪の嶺」(新潮)からは、作家の手応えが伝わってくる。
登山家、山野井泰史。2002年、中国・ネパール国境のギャチュンカン(7952メートル)に北壁から単独登攀(とうはん)を果たした世界屈指のクライマーはいかに生まれ、ギャチュンカンでは何が起きたか。全体に淡々とした調子で、それらがつづられる。
成功の代償として手足の指に凍傷を負い、登山家の生命を失ったかに見えた彼が復活へ歩み出す経緯、同じく有能な登山家で途中まで同行し登頂と生還を支えた妻、妙子さんの存在感。作品の核心はむしろ、二人の夫婦愛にあるようだ。
スポーツ・ノンフィクションの場合、限界を極めようとする者のみが知り得る孤高の内面に迫ろうとする試みが多いように思う。その点、本作は、やや広角のレンズで夫婦の姿をゆったり活写している風がある。
『墜落記』に書かれた通り、取材に向かう飛行機の墜落事故で死を覚悟した体験を経た作家が、死の淵(ふち)の手前から引き返してきた登山家の内面と深く感応しているように見える点も興味深い。
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ほかに、サッカーボールを蹴(け)り合う快楽で結ばれた女性2人の友情と愛憎を描く星野智幸氏(40)「虹とクロエの物語」(文芸秋号)、人生を振り返る年齢に達した被爆者の女性が〈マリアさま〉に自らの過去を告白する青来有一氏(46)「虫」(文学界)が印象に残った。(山内則史記者)
(2005年7月27日 読売新聞)
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