短い生 人の本質問う クローン人間モチーフに
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最新長編「わたしを離さないで」について語る作家のカズオ・イシグロ氏(ロンドン市内で)=中村光一撮影
新作を出すたび大きな話題を呼ぶ現代英国を代表する作家カズオ・イシグロ氏(51)。最新長編『わたしを離さないで』は、意表を突く設定で人間存在の根源を照らす。翻訳(土屋政雄訳、早川書房)の刊行を機に、ロンドン市内で話を聞いた。(山内則史)
『わたしたちが孤児だったころ』(2000年)以来5年ぶりとなる新作は、刊行されるや英米でベストセラーとなり、「タイム」誌が1923年から昨年までに書かれた英語の小説から選んだオールタイム・ベスト100に入った。
着手は90年。「イギリスの田舎に住む若いグループが、核兵器によって短い人生を終えるというのが当初の設定でした」。だがこの時は書き進められなかった。90年代半ばに再度試み、また断念。3度目の挑戦は前作『わたしたち―』を書いた後。クローン羊ドリーをきっかけにクローン技術をめぐる議論が起きていた。「自分の小説と関係があるとは思えませんでしたが、ある朝、核兵器に代わる要素として小説に使ったら効果的なメタファーになるのでは、と思いついたのです」
重要な設定を組み入れ、15年の時を経て完成した小説は、31歳の女性〈キャシー・H〉が、少女時代を過ごした施設〈ヘールシャム〉について回想する形で静かに語り進められる。
深い事情があるらしい彼女の来歴。読者はその謎にひかれて作品に導き入れられ、やがて薄明の向こうに何かが欠落した世界の輪郭が見えてくるのを知る。
キャシーはクローン人間。同じ境遇の仲間たちと施設で集団生活を送っていた。その後、ある者は人間が生きるために〈提供〉を繰り返し、ある者は〈介護人〉として〈提供者〉の心を支え、それぞれの短い生を全うする。自分とは何かという問いが、つかの間の青春の中に浮かび上がる。
登場するクローン人間たちは、施設から逃走を試みたり、人間と対決したりしない。「クローンという存在を小説化するには多くの選択肢があると思いますが、私はクローンにしか当てはまらない極度にSF的な事柄は用心深く排しました」。それは「人間すべてに共通する状況下にクローン人間を描くことで、自分と異なる人たちの話だと思って読むうち、これは自分自身に当てはまる話なんだと気づいてほしかったから」という。
「人の一生は私たちが思っているよりずっと短く、限られた短い時間の中で愛や友情について学ばなければならない。いつ終わるかも知れない時間の中でいかに経験するか。このテーマは、私の小説の根幹に一貫して流れています」
最初の長編2作の舞台が日本だったことから、当地では「日本からの特派員のように扱われた」と苦笑する。以後は日本から離れた題材で書いてきたが、昨今の日本文化の浸透には目を見張るものがあるという。「ホラー映画や北野武監督の映画、すしなどの食べ物まで、この15年で特に若い人たちの間で、日本文化は重要な位置を占めるようになった」
村上春樹氏が英語圏にも読者を広げていることについては「伝統的なリアリズム小説の枠を離れたところに作品世界を設定できるムラカミさんの力によると思います」と語った。親交があり何年か前、ロンドンマラソンを走りに来た村上氏から日本のジャズのCDをお土産にもらったと笑顔を見せた。
昨年7月、ロンドンの地下鉄でテロ事件が起きた。「現在の不安定な世界情勢は、何かが変化したのではなく、何かがずっと続いている状況でしょう」
それでも生きていく人間への信頼。誠実に日常と向き合う勇気。氏の新作はそのことを、改めて思い起こさせてくれる。
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1954年長崎生まれ。5歳で渡英、帰化。著書に『遠い山なみの光』(82年、王立文学協会賞)『日の名残り』(89年、ブッカー賞)『充たされざる者』(95年)など。
(2006年6月12日 読売新聞)
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