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瀬戸内寂聴さん「秘花」刊行 世阿弥72歳尽きぬエロス

85歳「生きている間は書く」

写真の拡大小説「秘花」を刊行した瀬戸内寂聴さん(9日、京都市右京区の寂庵で)=伊東広路撮影
小説「秘花」を刊行した瀬戸内寂聴さん(9日、京都市右京区の寂庵で)=伊東広路撮影
小説「秘花」を刊行した瀬戸内寂聴さん(9日、京都市右京区の寂庵で)=伊東広路撮影

 能楽の大成者、世阿弥の佐渡での晩年を描いた『秘花』(新潮社)を、作家の瀬戸内寂聴さんが4年がかりで完成した。発売日の今日が85歳の誕生日。「この小説だけはどうしても書いておきたかった」と晴れやかな笑顔を見せた。(浪川知子)

 「72歳で理由もなく佐渡へ配流された世阿弥が、どのように老いに直面し、死を迎えたのか。私自身の晩年について考えるようになった70代半ばから、ずっと気に掛かっていました」

 12歳の時、将軍、足利義満に美貌(びぼう)を見込まれた世阿弥は、義満の寵愛(ちょうあい)を後ろ盾に、芸能者としての頂点を極めた。だが義満の死を境として、おいの音阿弥に地位を奪われた末、長男は客死、二男は出家。さらに自らは老いの身で、佐渡への流刑を言い渡される。

 小説は佐渡へ向かう船中で、世阿弥が前半生を振り返るところから始まり、世阿弥の死後、彼を看取(みと)った佐渡の女の語りによって、最期の様子が明かされる。目や耳が不自由になってもなお、謡と舞のけいこを欠かさず、能の台本作りに取り組もうとした“瀬戸内版”世阿弥の晩年は、意外なほど静穏な明るさに包まれている。

 「書き出す前は私も、世阿弥の最期は悲惨だと思い込んでいました。ところが佐渡へ取材に行くうち、考えが変わってきた。佐渡は水が豊富で、米も魚もよくとれる。余裕があるから、他者を受け入れるおおらかさがある。世阿弥の晩年が暗かったはずはないと思えてきました」

 生活の豊かさだけではない。京にいれば必然的に、他の能楽師たちとの競争にさらされる。世阿弥は人気という得体の知れない力に左右される生活から逃れ、佐渡で初めて心の平安を得たように読み取れる。

 「人気って本人の努力と関係のない不思議なもの。いい演技をする俳優でも、人気がなくなるとオーラも消えるでしょ。私は世阿弥とは反対で、評価が欲しかった若い時には得られず、今になって認められた。だから人気のはかなさもよく分かるんです」

 「花」とは、と問われた作中の世阿弥は「色気だ。惚(ほ)れさせる魅力だ」と言い、「幽玄」には「洗練された心と、品のある色気」と答える。京では義満や時の文化人の寵愛を受け、佐渡でも島の少年に恋し、その母と慈しみあう瀬戸内さんの世阿弥は、これまでのイメージを覆すほど官能的といえる。

 「エロスのない芸術なんてありえない。実事に及ばなくても恋心を抱いたり、感動して心を動かされるのもエロスの発現。つまり生命力の表れなのです。だから年をとっても、芸術のエロスはなくなりません」

 2000年以降、能、歌舞伎、狂言、オペラなどの新作台本を次々に手掛けた体験も注ぎ込まれている。

 「小説は自分と向き合う孤独な作業ですが、俳優やスタッフ全員の力を結集して盛り上げる舞台は、新鮮で楽しかった。だけどしばらくすると、私はこの中の一部にしか過ぎないということが、もの足りなくて。やっぱり私は小説がいい」

 すぐれた能役者でありながら、能作者で能楽論書の著者でもあった世阿弥も、百年たてば同時代の舞台を見た人は誰もいなくなることを意識していた。だが、能の本は残る。「書いたものの命は強い」と語る世阿弥に、作者自身が重なる。

 「私は死後も自分の小説が読まれるとは思っていません。けれども書いているうちに、世阿弥に自分を重ねた部分はある。小説は結局、自分を書くものですから」

 念願の作を書き終え、次はどこへ向かうのか。

 「これを書いてもう力尽きたと思った。でも、創作の泉は空っぽになったのに、また水が湧(わ)いてくるのを待っている自分がいます。生きている間は書くんでしょうね。あまりの忙しさにもう一度出家したいと思ったり、島流しにあこがれたりするけれど、私はあの世へいっても、きっとものを書いているでしょう」

(2007年5月15日  読売新聞)

『秘花』

  • 瀬戸内寂聴
    出版社:新潮社
    発行:2007年5月
    ISBN:9784103112228
    価格:¥1680 (本体¥1600+税)
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