海賊通し文明の衝突描く
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「マキャベリはエスタブリッシュメント(指導者層)が考えを改めてくれれば、世論を喚起するよりよっぽど簡単だと『君主論』を書いた。ところが今はエスタブリッシュメントがはっきりしなくなって……」と話す塩野七生さん(東京・新潮社で、三輪洋子撮影)
15年の歳月をかけた塩野七生さんの全15巻の大作『ローマ人の物語』完結からわずか2年、『ローマ亡き後の地中海世界』(新潮社)の上巻が刊行された。パクス・ロマーナ(ローマによる平和)崩壊後の地中海世界に何が起きたのか――、1000年以上に及ぶ治乱興亡の歴史を描いている。(鷲見一郎)
歴史的理解の重要性訴え
新作の主役は海賊だ。地中海を「我が海(マーレ・ノストゥルム)」と呼んで内海とし、帝国全体の安全保障を図ったローマ人が退場。その後、イスラム化した北アフリカを拠点とするサラセン人海賊が、地中海を舞台に蛮行を繰り返す。
「地中海を境に二つの文明に分かれる。北側がキリスト教世界、南側がイスラム教世界。帝国がなくなり、すべての人々を律するルールが失われた」
「海賊」と一口に訳されるが、イタリア語には、「ピラータ」「コルサロ」と、海賊を意味する二つの言葉がある。ピラータは、自らの利益を目的に略奪、拉致を行う集団だ。一方のコルサロは、日本人には想像しづらいが、国家や宗教などのために、海賊行為を行う集団だという。物語は、コルサロの活動に焦点をあてつつ、その背後にあるキリスト教・イスラム教という二つの一神教文明の衝突を浮き彫りにしていく。
キリスト教国家でも、イスラム教国家でもない日本に提言したいこともあった。両方の世界に分かれ、衝突が続く現状に「日本人はなぜ仲良くしないのか、対話できないのか、と思うけれど、これだけはわかってほしい。1000年にわたる争いの時代があって、対話をするのも簡単にはいかない」と文明的・歴史的理解の重要性を訴える。トルコのEU(欧州連合)加盟を巡る欧州のあやふやな態度には、500年前にトルコが東ローマ帝国を滅ぼしたしこりが残るから、と指摘する。
国際情勢への視点は、塩野作品の特徴の一つ。東アフリカ・ソマリア沖に出没し、乗っ取った船や乗員の身代金を要求する現代の海賊は、私益を図るピラータに属すると分析する。「海賊が産業として成り立つようになると怖い。他人を傷つけてはいけないというのは、結局、モラルの問題」と話す。だからこそ、法を作り、共同体として安全保障を成し遂げたローマの偉大さを痛感する。
ローマの安全保障のキーワードだった寛容の精神は、中世になった後、なぜ消えたのか。「キリストが人間は平等と言うのは、『自分が言う神を信じる人の間で』しか発揮されない」と一神教が本質的に抱える問題点をつく。それと比べ、「ローマ人の寛容は慈善事業の精神でなく、冷徹な支配する精神から生まれた」と話し、そこから安全保障がもたらされたと絶賛する。
新作で海賊が横行したのも、『ローマ人の物語』で覇権が争われたのも、舞台は地中海だった。16歳の時、トロイ戦争を描いたホメロスの叙事詩「イリアス」を読んで以来、地中海世界に魅了された。「まずきれい。空気も、食べ物も、酒もいい」と語り、「死んだら、遺灰は地中海にまいてほしい」というほどぞっこんだ。
この「地中海世界」を描くことに重点を置いた新作。だが、中でも、魅力的な人物は多々いたという。十字軍をはた目に、イスラムの地に連れ去られたキリスト教徒を救出した騎士団と修道会を例に挙げ、「なんてステキな男たちだろう。こういう集団にこそノーベル賞をあげるべきだ」と称賛の声を惜しまない。
歴史を描写する手法は「歴史エッセー」と自ら位置づける。かつて司馬遼太郎に「日本には歴史研究と歴史小説しかない。君はその中間だ」と評された。「個性とか主観とか関係ない。なるべく白紙の状態にする」「自分の想像力なんて信用しない」――、笑いながら、きっぱりと言う。第三者の視点で歴史を描くその姿勢からは、逆に、塩野さんの鋼のような存在感がより一層、くっきりと浮かび上がってきた。
下巻は1月30日刊行予定。
(2008年12月24日 読売新聞)
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