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エルサレム賞授賞式 素顔見せた村上春樹氏

家族や日本・・・思いを吐露

写真の拡大エルサレム賞の授賞式でファンに囲まれてサインする村上春樹氏(2月15日、エルサレムで)=松本剛撮影
エルサレム賞の授賞式でファンに囲まれてサインする村上春樹氏(2月15日、エルサレムで)=松本剛撮影
エルサレム賞の授賞式でファンに囲まれてサインする村上春樹氏(2月15日、エルサレムで)=松本剛撮影

 作家の村上春樹氏(60)が2月、イスラエル最高の文学賞「エルサレム賞」を受賞した。昨年末から3週間続いたイスラエル軍のパレスチナ自治区ガザ攻撃で約1300人が死亡し、その後も断続的な交戦が続くさなかのことだ。授賞式のスピーチは村上氏が戦争と個人のかかわり、そして家族への思いを吐露するまれな機会となった。(エルサレム支局 三井美奈)

 村上氏はイスラエルで最も有名な外国人作家の1人だ。当地では授賞式を前に、日本のパレスチナ支援団体が「ガザ攻撃に抗議して辞退すべきだ」と要求していたことも報じられ、スピーチは大きな注目を集めた。

 登壇した村上氏は、授賞式への出席が「圧倒的な軍事力の行使を選んだ国(イスラエル)を支持した印象を与えないかと自問した」と告白した。戦争を生むシステムを「壁」にたとえ、本来は人間を守るべき「壁」が、時には人間を組織的殺人に導くと警鐘を鳴らした。ガザ紛争でイスラエル軍が使った「爆撃機や戦車」、ガザ民兵が放った「ロケット弾」は共に「高くて堅固な壁」であり、戦闘で犠牲となった民間人は、壁にぶつかってつぶれる「卵」に過ぎないが、互いの個性を認め合い、魂を寄せ合うぬくもりの中から「壁」に対する勝利の希望が生まれると訴えた。「私は常に卵の側に立つ」という発言は、中東紛争の中心地で、人間性に強い信頼を寄せるメッセージだった。

 演説では、昨年90歳で亡くなった父親にも触れた。中国に出征経験があり毎朝、仏壇の前で敵、味方の区別なく冥福を祈っていたという。その背中を通じて感じた死者の存在が、「私が受け継いだ最も大切なものの一つ」と述べた。

 比喩(ひゆ)に満ちた演説には戸惑いもあったようで、イスラエル紙エルサレム・ポストは、「彼の特徴である曖昧(あいまい)さを持って、受賞理由を説明した」と評したが、反応はおおむね好意的だった。

 村上氏は授賞式に押しかけた報道陣への戸惑いを隠さず、演説後はファンのサイン要求に応じつつ、無言で退室した。ただ、イスラエル滞在中はリラックスした様子で、珍しく地元紙のインタビューに応じ、素顔をのぞかせた。

 イディオト・アハロノト紙との会見では、子供の頃、国語教師だった両親が日本文学について話すのに閉口して欧米の翻訳小説を読み始めたこと、「単一的で規則が多く、1億2000万の国民がまるで1人の人間のような」日本に嫌気がさし渡米したこと、1995年の阪神大震災による生家の被災が帰国の決意につながったことを素直に語った。

 インタビュー嫌いの理由を尋ねられ、ジャズ喫茶の経営者だった時、「毎晩客の相手で一生分の会話をした。今後は、本当に話したい人にしか話さないと誓った」と答えた。「子供がいないのは執筆や旅行で忙しかったから。読者が私の子供」と話し、陽子夫人は「あれこれ指摘する厳しい編集者」のような存在だと述べた。

 ハアレツ紙には、地元の魚料理店で賞関係者と共に会食する夫妻が写真で紹介された。同紙記者によると、村上氏は「みんなのグラスに目をやり、静かにワインを注ぐ」気配りの人。子供時代について会席者全員を質問攻めにし、「村上氏が記者で、自分が世界的な有名作家になったような気分になる」ほどだったという。

 イスラエル滞在中はユダヤ教聖地「嘆きの壁」や、2000年前にローマ軍に包囲されたユダヤ人が集団自決した遺跡「マサダ砦(とりで)」を訪問したという。「結局、自分は日本人作家であり、母国から逃れられないと悟った」と周囲に話した村上氏は、故国を失い放浪を続けたユダヤ人の歴史に思いを馳(は)せたのだろうか。

(2009年3月3日  読売新聞)