故郷巡る屈折した心描く
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「子供のころはSF少年だった」=吉岡毅撮影
「ふるさとは遠きにありて思ふもの」と室生犀星(むろうさいせい)が詩に詠んだように、人は時に郷里へ屈折した思いを抱く。架空の街「汐灘(しおなだ)」を舞台にした堂場瞬一(どうばしゅんいち)さんの小説『夜の終焉(しゅうえん)』(中央公論新社、上・下)も、この街へ舞い戻った2人の男の鬱屈(うっくつ)した感情が現れ出てくる。「街そのものが主人公」という新作は、警察小説で人気の作家の転機をも物語る。(佐藤憲一)
県庁所在地だが、車で2時間ほどの東京の発展からは取り残されて街は寂れ、閉塞(へいそく)感が漂う――そんな汐灘を描くのは3作目。刑事が友人の無実を信じる『長き雨の烙印(らくいん)』、地方政治の内幕に迫った『断絶』に続き、「サーガ」(大河小説)のように、毎回、登場人物を変え、一つの街を見つめてきた。それは自身も関東の地方都市出身で、「東京に近いが故に、地元がエアポケットに入ってしまったような感覚」がぬぐえないからだ。
「自分の故郷に悪感情はないが、人に干渉されない東京からたまに帰ると違和感を感じる。大都市で暮らす人って多かれ少なかれ、故郷へ複雑な気持ちがあるんじゃないかな」
20年前、殺人事件で父を殺された重圧から逃げるように汐灘を離れた喫茶店のマスター・真野。その事件で父が殺人を犯したため、家族がバラバラになった弁護士・川上。「地方にあるおせっかいや悪意が、立場の違う2人の人生を変え、2人も故郷を拒絶した」状況から物語は始まる。
真野は、繭のように自分の殻の暗闇に閉じこもり、「殺人者の息子」への偏見に耐えてきた川上は封じ込めたはずの事件への恨みにさいなまれる。昏睡(こんすい)状態の少女の身元捜しというシンプルな話なのに、上下巻1000枚を超す大作に緩みがないのは、孤独や苦悩に根ざす、人物の内面を掘り下げてあるからだ。
心の内にぐいぐいと迫ってくる筆致は、この人の他の作品にも共通する。「最終的な小説の役目ってそれしかない。自分が書きたいのは人の心の動きだから」
そのルーツは、大学生のころからはまったハードボイルド小説らしい。それも、主人公が社会の汚濁のクールな観察者となるハメットやチャンドラーなど初期のものではなく、探偵役が妻に逃げられたり元アルコール依存症だったりと、普通の人間と同じように悩み苦しむ、1970年代のネオ・ハードボイルド以降の作品群だ。
「ロバート・B・パーカーやローレンス・ブロックらの影響は受けている。初期の御三家より、後の時代のほうが文学的に芳醇(ほうじゅん)だと思う」。堂場さんの作品でも、警察小説として人気の「刑事・鳴沢了」シリーズの主人公は、父親との確執を引きずり、今年始まった「警視庁失踪課・高城賢吾」シリーズの主人公も、酒におぼれるやさぐれ中年。堂場ヒーローの陰りも、現代ハードボイルドの遺伝子なのだろう。
来年でデビュー10年目。警察小説を中心としたミステリーと、デビュー作『8年』以降、野球、駅伝、ラグビーなど多彩に書き分けるスポーツ小説を、「自分の両輪」として手がけてきた。日中は新聞社に勤務しながら、夜と休日を費やし今年だけで7作8冊もの小説を送り出した創作への情熱は驚異的だ。
「書きたい話がいくらでもあって、書いているうちにまた出てくる。それを字にしてあげないとかわいそうだから」と笑う。
中でも、自己最長級の『夜の終焉』は、「会心の一撃」と位置づける。「派手に人が死ぬわけでもなく、通常のミステリーの枠をはみ出して、一般小説に近づけた手応えがある」。ミステリー、スポーツ小説に続く「三本目の矢」を今、放つ。
(2009年11月2日 読売新聞)
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