悪趣味か 奇書の名作か
面白いのに、人に薦めるのはためらう困った本がある。生理的な不快感や異常性におののきつつ魅入られてしまう、奇書の類(たぐい)だ。ほめれば当方の人格まで疑われそうな、しかし「ドグラ・マグラ」や「家畜人ヤプー」に連なるアングラの名作かも……さんざん悩ませてくれたのが、飴村行『粘膜蜥蜴(とかげ)』(角川ホラー文庫)だった。
舞台は、戦時中の日本から少しズレた世界。国民学校に通う真樹夫は、町の権力者の一人息子、雪麻呂の豪邸に招かれる。傍若無人なこの雪麻呂のわがままっぷりがすごい。彼がキレるたび、恐ろしい惨事が――。
軍国趣味をまぶしたホラーかと思えば、雪麻呂の使用人「爬虫(はちゅう)人」の存在が、物語を予想外の方向へねじれさせていく。奇怪な姿なのに、とぼけた言動をする爬虫人・富蔵が、次第に愛らしくもなってくるから妙だ。
悪趣味な逸話の波状攻撃が実は意味を持ち、最後の最後に地雷で吹き飛ばすような衝撃をもたらすのには驚いた。なんやかんやいって、これは「愛」の話なのか?
<多足類が列をなし><濁った水がだくだくと溢(あふ)れ出>す。朝倉かすみ『静かにしなさい、でないと』(集英社)の世界はこの一文に集約される。とはいえホラーではない。少しだけ不運な人生を送ってきた30、40代女性が胸中に抱える、暗いざわつきを紡ぎだす短編集だ。
そのざわつきは、容姿に恵まれない女性の意地とプライドであったり、妹や従妹(いとこ)への嫉妬(しっと)と羨望(せんぼう)であったりする。40代の初婚夫婦が、忍び寄る死を意識しながら幸せを感じたりする。オンナという生き物の複雑でちょっと怖い内面をファンタジーのようなふわりとした文体で包む。一筋縄でいかない世界に才能を感じる。
一方で、和田竜(りょう)『小太郎の左腕』(小学館)は男らしい豪快さに満ちている。16世紀半ば、西国の山国で二つの勢力が争いを繰り広げていた。命知らずの戦いで負傷した戸沢家の武将・半右衛門は、猟師の孫・小太郎と出会い、彼のずば抜けた狙撃の腕を見いだすことに。
新世代の戦国小説作家として期待される作者は、当時の武将たちの特異な精神性に迫ろうとする。華々しい武功のためなら死は惜しまない勇猛さと、その名誉が損なわれたときの、もろさに。現代では見つけにくい男の一徹な純粋さ。その輝きが、戦国の世界にシビレル「歴女」のような女性が増えている理由も教えてくれる。
現代の戦場は、ビジネスの現場。池井戸潤『鉄の骨』(講談社)は、中堅建設会社の若手社員、平太が、談合課の異名を持つ部署に投げ込まれる。法に反して入札価格を事前に調整することは必要悪か、絶たなければならない旧弊か。
フィクサーが暗躍し、各社の思惑が入り乱れる談合の内幕に肉薄し、読ませる。建前と本音、ごり押しと打算。きれいごとだけですまない世界でもまれる主人公のリアルな実像に、共感する向きは少なくないはずだ。現実そのものが、奇書のように複雑怪奇であるのが、今なのだから。(文化部 佐藤憲一)
★5個で満点。☆は1/2点。
飴村行『粘膜蜥蜴』
完成度 ★★★★★
モラル ☆
満足感 ★★★★☆
朝倉かすみ『静かにしなさい、でないと』
女の怖さ ★★★★☆
文体の斬新さ ★★★
満足感 ★★★★
和田竜『小太郎の左腕』
男っぽさ ★★★★☆
興奮度 ★★★★
満足感 ★★★☆
池井戸潤『鉄の骨』
臨場感 ★★★★
痛快さ ★★★☆
満足感 ★★★★
(2009年11月10日 読売新聞)
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