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認知症患者として国際会議で自分の思いを語り、8月に62歳で亡くなった福岡市の越智俊二さん。その妻、須美子さん(57)が、介護の16年をつづった「あなたが認知症になったから。あなたが認知症にならなかったら。」を俊二さんと連名で出版した。
会社員だった俊二さんが物忘れをするようになったのは、47歳の頃。地図を見ても道順がわからない、見積書が作れないなどの失敗が続き、52歳で退職に追い込まれた。
「おかしいとは感じたけど、まさか病気だなんて思いもしなかった」と須美子さん。病院を訪れ、若年性アルツハイマー病と診断されたのは、2年後だった。俊二さんはデイサービスに通い、絵画や書道を楽しむようになった。
俊二さんは京都で2004年10月に開かれた国際アルツハイマー病協会の国際会議に参加。4000人を前に、実名を明かして「物忘れがあっても、いろいろなことができる。安心して普通に暮らしていけるように手助けをしてください」とスピーチ。国内で患者が次々に意見を述べるきっかけとなった。
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越智須美子さん(右)と亡き夫の俊二さん
しかし、病は進行し、06年頃には、タンスやふすまに話しかけたり、「もう終わりやね、俺を殺してくれ」と叫んだりすることもあった。今年夏に肺炎をこじらせて亡くなった。
病がもたらした最大の問題は、経済的な不安だ。俊二さんが退職した時、3人の子どものうち、次女は短大生、三女は中学生。須美子さんは、リサイクルショップの経営などで家計を支えた。
32年間の結婚生活のうち、介護に当たった年月が半分。須美子さんは一時、体調を崩して6キロもやせた。「介護はどの段階も苦しく、『夫婦の絆が深い』などと美談にされると違和感を感じます。でも、夫が病気になったおかげで、介護仲間や様々な人と出会えた。夫がくれたものは大きい」と話す。
本の中で、こうした夫婦の日々を描き、若年性認知症への支援を訴えている。中央法規刊。1600円税別。
(2009年11月12日 読売新聞)
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