異なる分野 驚きの発想
作家・伊坂幸太郎さんと、マンガ家・五十嵐大介さんのメディアを超えた競作企画が注目を集めている。根本のアイデアを共有しながら、本紙に連載された伊坂さんの小説『SOSの猿』(中央公論新社、25日発売)と、五十嵐さんの書き下ろし中のマンガ『SARU』(小学館、来年2月発売)という独立した作品を創造する試みだ。気鋭の作家とマンガ家が刺激し合う新しい試みから何が見えてきたのか。二人に語り合ってもらった。(聞き手・佐藤憲一)
――なぜこの試みを?
伊坂 きっかけは、僕が五十嵐さんのマンガが好きだったこと。絵の素晴らしさと、自然の長閑(のどか)さと不穏さが伝わってくる物語に引かれました。対談などでお会いするうち、五十嵐さんの編集者が一緒に何かやりませんかと言ってきた。
五十嵐 僕は雑誌で伊坂さんの「魔王」を読んで、読みやすいけれど読み応えがある不思議さが凄(すご)いと思っていた。言葉に秘密があるのかな。
――共有する根本のアイデアは孫悟空とエクソシストですね。
伊坂 それは五十嵐さんのひらめき。僕には100%思いつかないモチーフです。打ち合わせで見せてもらった五十嵐さんの絵をヒントに、『SOSの猿』を考えた。
五十嵐 それが株の誤発注の話になったのは驚きでした。映像から話を作っていく僕には、まず出てこない。僕の作品には伊坂さんの考えた登場人物を使っています。
伊坂 同じアイデアからずいぶん違った話になりそうです。『SARU』の冒頭を読みましたが、中国、アルゼンチンなど次々話が飛ぶ。僕はこぢんまりとした町の話が多いせいか、マンガ表現のスケールの大きさにショックを受けた。
五十嵐 伊坂さんの試みている論理の積み重ねや驚かせる仕掛けは小説ならでは。フィクションを表現する幅は文章のほうが広いのかもしれない。絵で具体的に見せてしまうのは、読者の想像の範囲を狭めてしまう怖さがあります。
伊坂 でも五十嵐さんの雄大な絵からはとてつもない感情が伝わってきます。
――西遊記とエクソシストの組み合わせはどこから?
五十嵐 思いついた当時住んでいた岩手県の県立図書館のせい(笑)。中国文学者の中野美代子さんの『西遊記』の研究書を探していて、すぐ後ろの棚に島村菜津さんの『エクソシストとの対話』というノンフィクションがあった。
伊坂 すごい偶然じゃないですか(笑)。
――『SOSの猿』は、作者不明のさまざまな伝説が集まってできた「西遊記」や、民族の神話に、人の無意識に根ざす共通のモチーフがあるというユングの学説を取り込んで、物語の普遍性や存在理由を問いかけてきます。
伊坂 「西遊記」は、玄奘(げんじょう)法師の旅をいろんな人が面白おかしく脚色していったことで、フィクションの力が生まれたと思う。物語を作ることには意味があって、現実逃避ではないという思いが表れたのでは。その気持ち、大事ですよね。
五十嵐 よく分かります。
――『SOS』では、「世界には、無意識にみんなが共有できる星の音楽がある」というユング的な言葉も印象的です。
伊坂 自分の作品のテーマは何かと聞かれ、いつも困るんです。絶対的に大事なものはあるけれど、それは「星の音楽」のように曖昧(あいまい)で、言葉では表現できない。だから、小説という物語にして隕石(いんせき)のように読者にぶつけているのかも。
五十嵐 それいい表現ですよね。僕もうまく答えられなくて困ってたんです。
――五十嵐さんの『魔女』や『海獣の子供』などの作品では世界の神話や自然界の意思のようなテーマが博物学的に語られ、精神的に深い部分へ読者を誘(いざな)う。
五十嵐 僕は、少しだけ岩手県の山村で暮らしたり、沖縄を旅したりする中で思うところがあったんですね。圧倒されるほど美しい風景の想像を超えた大きさ、自分の小ささ……。その感覚をマンガ的に表現するために試行錯誤しています。
伊坂 五十嵐さんの世界では、人間に比べ、自然の存在感が圧倒的に大きい。人間賛歌とは別のものがある気がする。
五十嵐 人間は素晴らしい生き物です。でも、素晴らしいのは人間だけじゃない。それを忘れるとダメな方向に向かうと思う。
――フィクションの作り手として、100年後の人類に希望は感じますか。
五十嵐 最近、環境や、人どうしの調和を意識し始めたりしているのは、いい兆候なんだと思います。
伊坂 フィクションには、人を緩やかに変化させる力はある。未来に少しでも良い影響があるのならいいですね。
――今回の競作に限らず、小説やマンガの映画化も多く、ゲームやネットも含めたジャンルのクロスオーバーが急速に進んでいる。
伊坂 媒体によって得意不得意があって、そこを無自覚にミックスをすることには抵抗があります。今回も競作が目的でない。そこからフィードバックして自分の小説を深く掘ることに意味があると思っています。
五十嵐 自分のジャンルを洗練できたり、何が得意なのか自覚できたりと競作から学ぶものは多い。これから、僕たちが何ができるか。そこに競作の真価がかかっているのでは。
◇
SOSの猿
引きこもりの若者の悪魔払いを頼まれた「私」と、株の誤発注事件の調査を任された五十嵐真。並走する二つの話はなぜか西遊記とかかわり、意外な真相を導いていく。
SARU
謎の若人・ナムギャルと奈々は、いにしえの時代から世界各地に災いをもたらしてきた「猿」を追う。その名の一つは「斉天大聖・孫悟空」。人類を待ち受ける災厄とは。
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作家伊坂幸太郎
いさか・こうたろう 1971年千葉県生まれ。2000年デビュー。『アヒルと鴨のコインロッカー』で吉川英治文学新人賞、短編「死神の精度」で日本推理作家協会賞、『ゴールデンスランバー』で山本周五郎賞、本屋大賞。斬新な小説で人気が高く、映画化作も多い。
マンガ家五十嵐大介
いがらし・だいすけ 1969年埼玉県生まれ。93年デビュー。田舎暮らしの体験を生かした『リトル・フォレスト』で注目を集め、『魔女』で文化庁メディア芸術祭優秀賞、『海獣の子供』で日本漫画家協会賞優秀賞を受賞。高い画力は海外でも注目されている。
(2009年11月20日 読売新聞)
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