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書評虚実のあわいさまよう共産主義国ベトナムから1人の少女が東ドイツにやってくる。物語の出発点は近過去だ。労働者が団結して資本家を倒せば素晴らしい社会が実現すると教育されて育ったヒロインは、東ベルリンで開催される「全国青年大会」で青年の主張をするためにやってきたはずだった。ところが運命の転変に見舞われ、フランスはパリの街角をさまよう身の上となる。 汚れなきコミュニズム優等生が資本主義社会の花の都で路頭に迷ったあげく、避難場所として逃げ込んだ先は映画館。言葉もわからないまま異国の地で出会った映画が、いったい彼女にいかなる作用を及ぼすのか。それは興味津々の思考実験だ。事実、彼女は独特な映画の見方をあみ出す。最初に見た映画の主演女優に心惹(ひ)かれて、その女優の出演作ばかりを追いかけ、全部を一続きの作品として受け止めるのだ。 あるときは吸血鬼、あるときは人妻にして娼婦(しょうふ)。またあるときは植民地の農園経営者。女優はフィルムの枠を超えた存在と化し、少女を魅惑する。「どんなことでも可能だ」と思わせるその人に向けて彼女は「あなた」と呼びかけ、虚実のあわいをさまよう流離譚(たん)を語り出す。 かくしてこれは、徹底して越境とさすらいの運動に貫かれた小説だ。果てしなき旅、切れ目なく続く映画。そして言葉の意味と無意味のはざまで繰り広げられる、不思議の国のアリスさながらの冒険の数々。 ドイツ語と日本語を往復する著者自身の試行が、ベトナム女性の足取りに重ねられているのだろう。日本語が未知の表情を帯び、文章が「手足」をばたつかせるスリルを読者は随所で味わう。やがて訪れる結末の戦慄(せんりつ)的な美しさ。 先行してドイツ語版が出版され、フランス語訳も刊行される予定だという。主人公の言葉が、作中で名指されることのない「あなた」、カトリーヌ・ドヌーヴその人に届く日も近そうだ。 ◇たわだ・ようこ=1960年、東京生まれ。92年「犬婿入り」で芥川賞を受賞。主な著書に『球形時間』『容疑者の夜行列車』など。 講談社 1600円 評者・野崎 歓(東京大学助教授) (2005年2月14日 読売新聞) |
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