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書評せめぎ合う病原体と人間エイズ、エボラ出血熱、狂牛病、SARS、鳥インフルエンザ……聞きなれない名前の、不可思議な病気が次々と立ちあらわれてくるのはなぜだろうか。彼らは一体どこから来たのだろうか。そこにはヒトと病原体が出会う新しい界面がある。それを作るのはヒトの動きだ。 1347年秋、ジェノヴァ人を乗せた船が黒海からシチリア島に帰還した。船には密航者が乗っていた。密航者は、ネズミに潜んで船から陸に飛び降りた。ネズミから無数の蚤が飛び出し四散した。この病気に罹った人間はリンパが腫れ、皮膚が黒ずみ死にいたる。黒死病(ブラック・デス)。こうして人類史上最悪のパンデミック(世界的流行)が引き起こされた。 病気は容赦がなかった。フランスに覇を唱えようとしたイングランドの野望を阻み、カンタベリー司教たちの知性を倒した。病気は欧州人口の三割を消した。混乱が極まった。毒を井戸に投げ込んだという流言飛語によってユダヤ人が虐殺された。豊富な史料と簡潔な記述がその全容をとらえていく。巻末では黒死病の正体が果たしてペストだったのかどうかの論争も整理される。 現在、私たちは感染力と病原性の強い新型インフルエンザのパンデミックを恐れている。私たちがほんとうになすべきことは何か。本書で明らかにされる病気の歴史はこう語っている。それは必ずしも高価な薬剤の大量備蓄ではない。半ば諦観を持ち、半ば信じるということである。ヒトは病気を完全に撲滅することはできない。なぜなら病原体は人を住処とし、人知よりも速く進化するから。しかしさらに重要な点はこうだ。病原体の側も、人類を完全に滅ぼすことはできない。どんな病気であっても、罹らない人治る人があり、また時を経て耐性を持ちうる進化をなす。両者は絶え間なくせめぎ合いながら動き、動きながら平衡を求めつづけるしかない。それがほんとうの生命の共存である。野中邦子訳。 ◇John Kelly=アメリカの科学・医学ジャーナリスト。ノンフィクションなど9冊の著書がある。 中央公論新社 3200円 評・福岡伸一(分子生物学者) (2009年2月9日 読売新聞) |
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