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書評

  • 『人を殺すとはどういうことか』

    美達大和
    出版社:新潮社
    発行:2009年1月
    ISBN:9784103136316
    価格:¥1470 (本体¥1400+税)
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晴らされることない命題

 著者は過去に二人を殺し、現在服役中の無期懲役囚である。本書は獄中にある彼本人から出版社に送られた手記をまとめたものだという。

 幼い頃から知能がずば抜けて高く、社会でも成功し、今も寸暇を惜しんで勉強に励むという著者は、「ひとごろし」というものへの私の勝手なイメージを悠然と覆す。豊富な語彙(ごい)と論理性を駆使し、随所に思想家や文学者の言葉を引用しながら、自らの殺人と、獄中で出会った殺人犯達の思考を丹念に解析する。

 著者は自分との約束に背いた人物を二人殺害したが、それは信念に基づく行動だったと言い切る。敬愛する父親から、道理や筋からはみ出る者は制裁を与えられるべきだと教育された彼は、それに伴う暴力に慣らされ、優秀さゆえに自らが「制裁する側」に立つことに躊躇(ちゅうちょ)もなかった。少年時代、金融業者の父が債務者に暴行するのを傍らで見せられた経験も、「人の耳が取れる時にびりっと音がするのを聞いて、こんな音なんだと感心したこともあります」と綴(つづ)る。

 しかし全能者のような著者が、「なぜ殺してはならなかったのか」ということを得心するのは、被害者遺族の悲痛な感情や父親の死に遭遇して、至ってシンプルな情動を体験する時だ。人が当然培うべきレベルの感受性や思いやりが、彼の半生を司った論理の縦割りの中で奇妙なほどに排除されていた。どれほど知性を蓄え、タフな経験を積んでも、「愛する者を失うことの途轍(とてつ)もなさ」を想像できる「こころ」は養われない。彼は文学にも精通していたのに、結局芸術の力とは、一体何だろうか?私は失望する。

 本書の暗闇の中に私達が見いだせる光は、著者の誓う改悛(かいしゅん)への強い意志だけだ。けれど、彼が俗世では縁遠かった「悟り」に似た究極の成長に近づいていけばいくほど、一方でうろたえてしまう。そんなものの為に、人は殺され、人生が奪われるのか。人を殺すとはどういうことか。その命題は、さらに晴らされない。新潮社 1400円

◇みたつ・やまと=1959年生まれ。刑期8年以上かつ犯罪傾向が進んだ者が入る「LB級刑務所」で服役中。

評・西川美和(映画監督)

(2009年3月16日  読売新聞)