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書評熱気はらむ肉感的文体カリブ海地域の文学の大傑作がついに翻訳された! 奴隷貿易によってこの地に強制移送された黒人と、奴隷制廃止後に年季契約労働者としてやって来たインド人とが人口を二分する島国トリニダード・トバゴ。首都のポート・オブ・スペインをのぞむ「丘」の貧しい「路地庭(ヤード)」に暮らす人々の「生」を物語は描き出す。 トリニダードといえば、カリプソやスティールバンドといった音楽が有名だ。そしてそれらが鳴り響き、華やかな仮装行列とともに街中を祝祭空間へと変えるのが一年に一度のカーニヴァルである。この晴れ舞台で「ドラゴン」の衣装をつけて踊ることのほかには生きがいのない黒人オルドリック、街角に立って人々から金を巻き上げるチンピラのフィッシュアイ、そしてオルドリックに恋心を抱きながらも、生きていくために有力者に身を委ねる若く美しいシルヴィア。こうした人物たちの希望、怒り、諦(あきら)め、絶望を伝えるラヴレイスの文体のなんと肉感的なことか! いや言葉や表現は、もう作家一人のものではない。それらはダンスを踊り、叫びを上げ、汗を飛び散らす無数の人々の肉体であり、ひとつでありながらもそれぞれの個が失われることのない巨大な人波となって、熱気を迸(ほとばし)らせながら読者に迫り、のみ込む。 だが、波がひいたあとに僕たちの胸に残されるこの悲しみは何なのだろうか。地方の村から妻とともに首都に出てきたものの、「路地庭」の黒人系の住人から仲間として認めてもらえないインド人パリアグのなかで迷いながら揺れる言葉に涙が止まらないのはなぜなのか。 この悲しみは「イエス」という言葉を力強く響かせるためにこそある。この小説は「両手をぐいっと宙につきあげ、大胆不敵に、生き生きと、肯定のサイン」を世界に向かって、僕たちのなかにありながら僕たちだけのものではない人間的な何かに向かって、送っているのだ。中村和恵の素晴らしい訳文にも、イエス! ◇Earl Lovelace=1935年生まれ。トリニダード・トバゴ共和国の作家。 みすず書房 3400円 評・小野正嗣(作家) (2009年4月20日 読売新聞) |
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